行政から見た地域SNSの可能性

                           兵庫県企画県民部長 牧 慎太郎

1.ICTを活用した住民参画の促進

 地域におけるコミュニケーションツールとしてSNSを使ってみてはどうだろうか、私が地域SNSの可能性に着目したのは、2005年春のことでした。2004年6月に政府のIT戦略本部が打ち出したe−Japan重点計画2004に「ITを活用した住民参画の促進」として「住民が、地方公共団体が行う施策や地域づくりのあり方等について情報を容易に入手することを可能とし、それらに対する意見や要望の表明が主体的にできるなど、ITの活用により広範な住民参画が行われるよう支援を行う。」という文言を盛り込み、8月の総務省重点施策では「ICTを活用した地方行政への広範な住民参画を促進する。」という施策を掲げて財務省に予算要求し、2005年度当初予算でモデル実証の経費が認められました。
 その頃、全国の自治体において、住民の意見を聴く場として数多くの市民電子会議室が開設されていましたが、必ずしもうまくいっているわけではありませんでした。役所がテーマを決めて実名で意見を書き込んでくださいと言っても、まずは閑古鳥が鳴きます。誰が見ているかわからないところで、実名で意見を表明するのにはちょっと抵抗感を抱く方も多いでしょうし、世間の風評など気にしない特定の人だけが強い主張を書き込む場になってしまっては、かえって一般の方々の足は遠のいてしまいます。一方で、気軽に書き込んでもらおうと匿名を許容すれば、無責任な書き込みや行政に対するクレーム、誹謗中傷など電子会議室が荒れてしまうきらいがありました。
 また、メーリングリストも便利なようですが、参加メンバーが限定される一方で、数が増えすぎて関心もない膨大なメールが配信されるようになると、受け手も辟易としてしまいます。PUSH型のコミュニケーションツールは、意味のない情報の押し付けと見なされると、仕分けして全く見てもらえなくなってしまいます。

2.SNSに着目した経緯

 地域住民の皆さんにそれぞれの関心事について気軽に意見を書き込んでもらえるような秩序あるコミュニケーション空間を作り上げるには、どのようなツールが適当だろうか。そこで、私が着目したのが当時 若者の間で急速に利用が広がっていたSNSでした。招待制なので荒れにくく、「あしあと」機能などでPULL型のコミュニケーションツールながら利用者を惹き付ける力が強く、初期のmixiなどは、とても心地よくコミュニケーションできる雰囲気がありました。また、2004年12月には熊本県八代市で日本初の地域SNS「ごろっとやっちろ」が誕生し、サイトのSNS化によりアクセス数が飛躍的に伸びていました。
 地域SNSであれば、実名が一般に公開されることなくニックネームで気軽に発言することができる一方で、実名が公開されていなくてもトモダチ関係やプロフィールを見れば、どんなメンバーかある程度想像でき、匿名掲示板に付きものの荒らしや無責任な発言が抑制されることを期待したのです。
 2005年度に入ると、総務省では5月に石井威望東京大学名誉教授を座長とした「ICTを活用した地域社会への住民参画のあり方に関する研究会」を立ち上げ、住民参画のあり方やシステムの運用について議論を重ねるとともに、12月からは千代田区と長岡市で地域SNSの実証実験に取り組みました。
 もともと2004年8月の概算要求の段階では、ICTを活用した「地方行政への住民参画」のあり方を検討していくつもりだったのですが、その後「地域社会への住民参画」へと軌道修正した背景について、ここで少し触れておきたいと思います。
 市民電子会議室がうまくいかない要因として、ネット上で行政と住民が対峙関係に立ってしまいがちな点が挙げられます。岡山市の電子町内会でも、行政にあれこれやってくれというだけでなく、自分達の力を合わせて地域課題を解決していこうという動きが見られたことが一つの成果でした。また、八代市の「ごろっとやっちろ」も行政と住民が意見をやりとりする場というより、住民同士が情報交換する場を意識して地域SNSを立ち上げたそうです。市民電子会議室の中では数少ない成功例とされる藤沢市の市民電子会議室は市役所エリアと市民エリアから構成されていますが、後者のほうがより活発にコミュニケーションが行われているようです。
 補完性の原則や近接性の原理を持ち出すまでもなく、公のことは全て行政が担うということではなく、身近な地域コミュニティで解決できる課題は自分達で解決していくことが求められています。かつての高度成長期のように経済が発展し、税収もどんどん増えた時代ならいざ知らず、あれもこれも行政でやって欲しいという要求型一辺倒では結局、税負担の増としていずれ自分達に跳ね返ってくることになります。行政依存の高コスト社会でなく、住民の共助に基づくコミュニティの活性化によって住みよい地域をつくっていく流れを後押ししていくことが必要です。その点、住民同士のコミュニケーションを通じた交流の促進につながる地域SNSは、そうした時代の要請に応えるものと言えそうです。行政が地域SNSに関わる際にも、決して上からの視点で住民と接することなく、地域団体、NPO、大学などの方々と同じ目線で、職員の顔が見える形で、住民の皆さんと共に地域社会を良くしていこうという姿勢で臨むのが望ましいでしょう。
 なお、機能面でのSNSの特徴として、情報公開範囲の段階的設定ができること(アクセスコントロール)や自分に関心のある情報だけをセレクトしてトップページに一覧表示できること(関心情報の一覧性)が挙げられます。そして、人と人のつながりの輪が網の目のように広がることによって、たとえ部分的に特定のコミュニティが炎上したり休眠状態になったりしても、地域SNS全体としては適切な棲み分けによってコミュニケーションのプラットフォームとしての機能を継続的に果たすことが可能となります。地域SNSでは人と人のネットワークが生きている限り、また別のコミュニティが立ち上がったり、新たなトモダチの輪が広がったりするなど、既存の電子会議室やメーリングリストになかったようなネットコミュニティの自律的な成長が見られます。
 私が2006年4月に赴任した兵庫県では、同年10月に地域SNS「ひょこむ」が立ち上がり、2007年3月に策定した「ひょうご情報交流戦略」では一丁目一番地に「情報コミュニティづくりの推進」を掲げ、ICTの活用により地域住民の情報交流を活発にして地域コミュニティ活性化を目指す「地域SNS活用モデル事業」に取り組んでいます。
 その後、総務省のほうでは、2007年に発足した「コミュニティ研究会」において地域SNSが取り上げられたほか、2009年度重点施策でも「T 定住を支える地域力の創造 2 住民力の涵養と安心して暮らせる地域づくり」の具体的施策として「地域コミュニケーション活性化のための地域SNSを推進」することが掲げられています。
 また、総務省の外郭団体である地方自治情報センターや地域活性化センターの助成金を活用して地域SNSを立ち上げる自治体も増えています。

3.地域SNSに対する行政の関与

(1)地域SNS運営への関与
 行政が地域SNSと関わる際に、まず課題となるのは、行政自身が運営主体になるか、あるいはNPOなどに運営を委託するか、NPO等が運営するSNSの一部に行政が参画する形態をとるかという点です。
 行政自身が運営主体になると、地域住民にとって安心感・信頼感が増すという面はありますが、トモダチにしか見せない日記などのプライバシー情報を行政に保持されることに抵抗感を持つ方もおられるでしょう。また、行政の担当者の異動によって運営の対応が変わる(熱意が失せて機械的対応になる)ようでは、参加メンバーの信頼を失いかねません。やはり、しっかりとしたNPO等に運営を委託するか、民間有識者も含めたチーム体制で継続的な取り組みを進めることが望ましいでしょう。ちなみに、兵庫県の地域SNS活用モデル事業の場合、NPOが運営する「ひょこむ」に対して新機能の実装をモデル的に支援するとともに、見本市にいくつかブースを出すような感じで行政関連コミュニティを立ち上げ、行政も一つの参画主体として地域SNSに関与する形態をとっています。また、「ひょこむ」の運営検討タスクフォースには、大学教授、士業関係、IT関係の有識者とともに数名の県職員が有識者の立場から参加しており、ステルスコミュニティ(一般参加者には存在が見えず、実名で意見交換を行うコミュニティ)を設置して、問題事案が起こった時などの対応について相談しています。

(2)参加者の招待制について
 SNSを招待制にすることよって、ほどよく閉じられた心地よいコミュニケーション空間を創出する効果が期待できますが、行政が運営に関与する以上、市民なら誰でも参加できるようにすべきだという議論もあるでしょう。
 千代田区と長岡市で行った総務省のモデル実証では、実名での登録(非公開の選択可)はお願いしましたが、招待制はとりませんでした。しかし、参加者が千人規模になってくると中には明らかに偽名と思われる参加者も紛れ込んできて、正しく登録するよう依頼する事務局の負担も大きくなります。また、自らのプロフィールをほとんど明かさない仮面人間のような参加者が増えると、地域SNS全体の雰囲気が冷めてしまうことも懸念されます(得体の知れない人に「あしあと」をつけられると気味が悪いと感じる人も少なくないと思います)。
 そこで、まずは招待制をとった上で、知人にメンバーのいない参加希望者は事務局から招待することが考えられます。さらに「ひょこむ」のように後見人制度(招待者に後見人として正確な登録の確認や迷惑行為等の抑制への協力を求める仕組み)を採用し、参加してから一定期間内に後見人を探してもらうような運用も考えられます。
 また、地域SNSの参加メンバーとして書き込みはできないとしても、観光情報や災害情報など行政関連情報を発信するコミュニティは原則外部公開とし、広く住民の皆さんが情報を入手できるような工夫も必要でしょう。

(3)地域SNSの公益性
 なぜ行政が個人の日記や私的な活動のコミュニティに関するコミュニケーションの場を税金を使って支援するのかといった声も寄せられるかもしれませんが、これについては地域SNSは「公園」のようなものだと考えれば良いでしょう。ふだんは、散歩をしたり、ベンチで本を読んだり、人それぞれの使い方で公園を利用しますが、いざ災害となった場合には、通い慣れた公園が飲み水や食糧、仮設テントを備えた避難場所になります。トモダチの日記へのコメントなど自らの関心で使いこなしてもらうことで、いざ災害という時や公益的な活動にあたって、日頃から使い慣れたツールで必要な情報をやりとりしていただくことが可能になります。災害の時だけに使うシステムなど、年数回の訓練ではなかなか操作方法は身に着かないものです。住民のITリテラシー向上という意味でも、個人的な楽しみの部分を杓子定規に排除するような運用は避けたいものです。
 兵庫県の「ひょこむ」では、「お知らせ」コーナーに行政情報を掲載するほか、コウノトリの自然放鳥、ふるさと兵庫百山の選定、行財政構造改革の推進など県が関与するコミュニティを設置しており、ログインするきっかけは様々でしょうが、多くの県民(1日当たりページビューが40万件超)に、行政からのお知らせや行政関連コミュニティをご覧いただき、また議論に参加してもらうことで、参画と協働の県政推進につながっていくことを期待しています。

4.地域SNSの新展開

 これからの時代、ICTを活用したコミュニケーションツールとしては、パソコンにとどまらず、人々が日頃から使う様々な情報端末で便利に使えるようでなければいけません。
 「ひょこむ」では、まず携帯電話から地域SNSの情報を受発信できるようにし、さらに携帯電話からの投稿について、松江SNSの技術陣の協力も得て、写真だけでなく動画もアップもできるようにしました。
 また、兵庫県の地域SNSモデル事業では、車で訪れた人に地域情報をリアルタイムで伝えるカーナビ連携やデジタルテレビでも地域SNSの情報をやりとりできるような取り組みを進めています。
 さらに、地域通貨「ひょこポ」のやりとりもパソコンだけでなく、携帯電話からもポイントのやりとりを可能にしました。電子地域通貨として、これからの可能性が広がります。
 地域SNSでは、地域に対する愛着や関心などが参加者のインセンティブとなっており、会おうと思い立ったら実際に集まって話ができる強みを活かすべく、地図機能を重視して取り入れてきましたが、googleマップだけでなく、電子国土との連携にも取り組んでいます。街中はgoogleマップが便利なのですが、山間部における災害情報や登山情報などを載せたり、GPSの軌跡を載せたりするとなるとやはり国土地理院の電子国土が便利です。

5.地域社会と連動したネットコミュニティ展開への期待

 地域SNSでトモダチになり、コニュニケーションが深まると、その人との心理的距離がぐっと近くなります。行政は多分野にわたって様々な施策を展開しており、それぞれ地域活動に熱心な住民の方々との関係ができますが、さらに分野横断的なつながりを広げていくには縦割りの壁を乗り越える工夫が必要です。地域におけるキーパーソンのつながりを複層的にネットワーク化し、クラスター状のコミュニケーション空間をつくっていくことの意味は大きいでしょう。地域SNSはそうした地域づくりのキーパーソンをつないで、便利なコミュニケーションツールとして活用してもらえる大きな可能性を持っていると考えています。
 実際に会って話すリアルなコミュニケーションに裏打ちされた顔の見える信頼関係が地域SNSの強みです。また、顔の見える地域の人的ネットワークの信頼性に裏付けられた現場情報とその更新鮮度は、情報コンテンツの地産地消を促進する大きな力になるでしょう。こうした強みを大いに活かし、地域に豊かなソーシャルキャピタルを醸成し、安心して暮らしやすい地域社会の構築につなげていきたいものです。さらに、地域内に閉じこもるだけでなく、地域SNS全国フォーラムのような機会を通じ、地域に対して熱い思いを持ったキーパーソン同士の地域間交流を図ることによって、日本の元気再生が実現することを期待しています。

(参考)ICTで変わる自治体経営戦略(ぎょうせい 2006年7月10日発行)
      総務省「住民参画システム利用の手引き」http://www.soumu.go.jp/denshijiti/ict/

※季刊まちづくり24号(2009年9月)寄稿