ひょうご情報交流戦略の展開

 本日は「ひょうご情報交流戦略の展開」というタイトルですが、まずは私自身の情報通信分野との関わりについて、自己紹介も兼ねて簡単にお話させていただきたいと思います。
 私は、もともと情報通信分野の専門家というわけではありません。思えば、学生時代にコンピューター数学という科目を履修しましたが、その頃にプログラミングの面白さに目覚めたということもありません。最初に情報通信分野の可能性に大きく興味を抱いたのは、通産省に出向していた1994年のことです。当時、通産省はじめ霞ヶ関の中央官庁は、パソコン一人一台体制を整備していたのですが、私はその時に初めてインターネットへの接続を経験しました。そして、これはなんと画期的なツールだと実感しました。
 そして翌年の1月に、阪神・淡路大震災が起こりました。この時にはパソコン通信が情報のやりとりにずいぶん役立ったということは、皆さんもご存知の通りです。その年の4月に私は島根県庁に産業振興担当の課長として赴任しましたが、当時はパソコン通信全盛時代で、島根県の情報センターでも国の補助金を受けてパソコン通信を整備していました。しかし私は、これからはインターネットの時代が来ると確信していましたので、場合によってはパソコン通信の補助金を返還してもいいから、早くインターネット環境を整備すべきだと説いて回りました。ところが「パソコン通信で十分だから、インターネットなんて必要ない」というのが当時の担当職員の反応でした。パソコン通信とインターネットの違いがなかなか理解してもらえず、いろいろと苦労をしましたが、今になってみれば、なぜ早期にインターネット環境を整備することが必要だったのか理解していただけると思います。
 当時、インターネットをいちばん喜んでくれたのは、隠岐島の方々でした。本土からフェリーで何時間もかかる日本海に浮かぶ隠岐島では、朝刊が届くのもお昼頃になってしまいます。どうしても最新情報に遅れがちになるのですが、その隠岐島にインターネットのアクセスポイントが整備されたことで、新聞社の配信記事を都会と同時にパソコン画面で見ることができるようになったのです。その頃は長距離の電話代が高かったため、アクセスポイントが遠いと電話料金もかさみました。しかしアクセスポイントができたことで、インターネットを通じて、あまり電話料金を気にせずに最新の情報を得ることができるようになったのです。
 まさにインターネット時代の到来でした。そして現在は、都会と地方というだけでなく、インドでも中国でもイコールフッティングの時代になったわけで、IT産業においてはインドの興隆が目覚しいなど、情報通信分野では世界の垣根がなくなりつつあります。それが日本の地方にとっては痛し痒しの面もありますが、ともあれ当時の島根県、さらには隠岐島にとってはインターネットの出現は実に画期的なことでした。

その後、本省勤務を経て1999年に北海道へ赴任したのですが、改めてインターネットの威力を実感したのが、2000年3月に起こった有珠山噴火災害の時のことです。この災害は3つの市・町にまたがって1万6千人もの住民が避難を余儀なくされるという大規模災害だったのですが、その一方で特筆すべきは死亡者がゼロだったことです。これは、火山性の地震があれば全員避難という方針が徹底されていたことによって、初動が極めてうまくいった結果です。
 この有珠山噴火は1991年の雲仙普賢岳の噴火より規模が大きく、洞爺湖の温泉街は噴出物で覆われ、国道やJR室蘭本線も寸断されてしまう大災害でした。いつ噴火が収まるか、あるいは再噴火、本格的な大噴火がいつ起きるのかといったタイムリーな情報が切実に、迅速に求められる状況にありました。私は道庁にいて情報の集約・伝達を担当していたのですが、1日2回程度の記者発表による情報発信だけでは遅すぎるため、被災地の人たちに一刻も早く災害関連情報を伝えようということで各避難所にパソコンを設置し、ここでもインターネットをフル活用しました。
 この当時のことで、強く私の印象に残っているのが、地元伊達市にお住まいの一個人の方が、最新の災害関連情報を次々と速報で自分のホームページにアップし続けておられたことです。北海道庁が情報を出す際には、情報の信頼性を高めるために裏を取ることが必要ですから、どうしても遅れがちになります。ところが個人がインターネットで発信する情報は、そのタイムラグがありません。たとえば、避難所の再移動を迫られる住民の状況、避難所への救援物資の搬入状況や住民の声など、たとえ口コミレベルの話であっても、タイムリーに情報が発信されます。そしてたくさんの人々がこのホームページにアクセスし、信頼度はともあれ最新の情報を得ることができました。その後、この方が確度の低い噂話レベルの情報を流しているといったことで非難されたかというと、そんな話は聞いたこともありません。アクセスする人たちも、個人の発信した情報であることは理解していますし、またこの方がネットの世界では知られていた人で「あの人だったら故意にデマは流したりしないだろう」ということで、役所の公式発表のような100%の信頼はおけなくても、そのスピーディな最新情報は一定程度の信頼を得ていました。情報を受け取る側は、そのことを心得て、公式発表とはまた違うフレッシュな情報源として役立てていたわけです。
 このようにインターネットは、個人が瞬時に、広く情報を発信できる社会を出現させたわけです。阪神・淡路大震災の後に、「どういう情報がいちばん役に立ちましたか」という調査が行われたのですが、その時「口コミ」という回答がたくさんありました。口コミ情報は、マスコミあるいは行政の発表とどこが違うのかというと、伝えてくれた人に「その話は誰から聞いたの?」と情報源を聞くことができることです。双方向のインターネットから得られる情報は当時の口コミ情報に似ている面があります。もちろん、間違った情報がまことしやかに流れるとまずいことになるのですが、その情報源は100%信頼できるのか、あるいは50%しか信用できないのか、そこをきちんとチェックできる仕組みを作ることができれば、双方向通信の世界は口コミ以上に大きな力を発揮するのではないかと思います。後ほどお話する地域SNSとも関連しますが、ともあれマスコミや行政からの発表だけでなく、個人が広く情報を発信するツールとしてホームページを作ることができる時代が訪れたことは確かです。
 その後、私自身も有珠山噴火災害時に目の当たりにした個人のホームページの情報発信力の大きさに触発され、自分でも個人的にホームページを作ってみました。市販ソフトを使えば意外と簡単でした。そして今では、ブログで誰もが簡単にどんどん情報を発信できる時代になりました。その一方で、私がホームページを作り始めた頃には既にインターネット上では情報の大洪水が起きつつありました。そのため、これからは自分が欲しい情報だけをセレクトすることが重要になってくるだろう、そうした機能をうまく組み込んだコミュニケーションツールをいかに活用していくかが課題になると考えていました。
 2002年に北海道から総務省に戻り、情報通信政策局に配属されました。ここで最初に手がけた仕事が全国ブロードバンド構想の推進です。これは全国の公共施設を光ファイバー網でつないでいこうというものです。課員10名余りの小さな部署の室長だったのですが、300億円以上の予算がありました。それにしても、なぜこんなに予算が付いたのか。それまでは、道路や橋などには建設国債を財源として豊富な予算が付いていたのですが、一般財源を使う情報通信分野の予算にはシーリングがかかってなかなか予算が伸びない時代でした。しかし、車が通る道づくりが公共事業なら、情報が通る道づくりも将来の世代と負担を分かち合う公共事業に馴染むのではないかということで、光ファイバーの整備が公共事業と位置づけられたからです。その予算を活かして、どんどんハード整備を進めました。一方で「そんなにハードを整備してもあまり使われてないじゃないか」という意見も出てきました。そこでハード整備だけでなく、地域住民の皆さんに目に見えるかたちで、ICTのメリットを実感してもらうために、平成14年度の補正予算で住民に役立つICTの活用策のモデルを公募し、東大におられた月尾先生を委員長とする審査委員会で全国100カ所の市町村を採択しました。そのひとつが、ここ西宮市のモデル事業でした。西宮市はGIS地図情報に力を入れていて、モデルとして採択されたのは、バリアフリールートの検索、たとえば駅から病院に車椅子で来る場合にどのルートを通れば段差がないかとか、あるいは健康づくりのためのウォーキングコースを電子地図上に落として市民に活用してもらおうというものでした。このように住民の目に見えるかたちで、ICTの成果を示す努力により、モデル事業の成果は、その後他の自治体にも広がりました。
 そして2003年には、総務省の自治行政局、旧自治省の情報政策企画官に異動しました。主な仕事は自治体の情報システムの効率化と共同利用の促進です。また、公的な電子証明書を発行する公的個人認証サービスも担当しました。
 余談ですが、ご来場の方の中にイータックス、電子納税をされた方はいらっしゃいますでしょうか?実は住基カードに電子証明書を載せて、本人確認をして税金の申告ができるのですが、これがなかなか普及していません。そこで来年の確定申告からイータックスで電子申告すると5000円の税額控除が受けられることになりました。5000円還ってくるのです。というのは、住基カードと電子証明書を取るのに各500円かかり、リーダライターが2000〜3000円するので、その費用に役所の窓口まで行く交通費を合わせて、約5000円の経費がかかっているとみなして、それが税額から控除されるのです。確定申告される方なら、還付申告だけでもOKですので、ぜひ来年は皆さんイータックスに挑戦していただきたいと思います。
 以上がいわばルーチンワークだったのですが、もうひとつ私自身がテーマとして持っていたのが、ひとことで言うとe−デモクラシーの世界です。国がe−Japan戦略を策定したときに、その一項目として情報通信技術を活用して地域住民の意向をいかに行政に反映させるかというテーマがありました。直接民主主義と間接民主主義がありますが、なぜ間接民主主義を採用しているかというと、ひとつには全員が参加すると膨大なコストがかかるので、専門家に任せて意見を集約するという意図があります。確かに、全員が集まって討議するのは非常にコストがかかります。合意形成に至る議論もフェイストゥフェイスのコミュニケーションが基本ではあるのですが、時間と場所を一致させて皆が会うのは、現実問題としてコストがかかりすぎるし難しいことです。しかしこれはICTの技術を用いることでコストを下げることが可能になります。つまりICTを活用して時間と空間の制約を取り払い、いかに地域住民の意向を行政に反映させていくかということが、私のひとつのテーマでした。ただ、当時流行っていた電子会議室のシステムでそれがうまく実現できたかというと、そうではありませんでした。ピーク時には電子会議室は全国の自治体で800〜900ヵ所程度は導入されたと思いますが、ほとんどがうまくいきませんでした。いま生き残っているのは、藤沢市役所ぐらいでしょう。藤沢市は運営スタッフがしっかりしていて、マンパワーの良さでうまく運営しています。しかし、普通の県庁や市役所の情報担当職員が電子会議室を作ってもなかなかうまくいきません。いろいろと原因はありますが、ひとつの理由として、そもそも住民と行政がインターネット上で対峙する関係になると、基本的にうまくいかないのではないかというのが私の感想です。住民と行政が向かい合う、特にネットの世界で対峙してしまうとどうもうまくいかないのではないかと感じます。だいたい電子会議室で失敗するケースとしては、「役所がなにかやっているけれど、よくわからない。関心もない。」と住民にそっぽを向かれて閑古鳥が鳴くことが多いです。いわばお任せ民主主義から脱却できないわけです。もうひとつは、クレームがガンガン書き込まれるケースです。もともと、住民が役所に手紙で要望を出した場合には、返事が来なくても1週間ぐらいは待ってくれるものです。しかし、インターネットの世界は時間の感覚が違います。翌日に返信がなければ、まだかまだかとクレームがきます。翌日にはレスポンスするのが電子メールの文化になっているわけです。従来のアナログな窓口対応の世界ともちょっと違います。電子会議室をうまく使いこなすには、かなりのノウハウが必用です。それなのにノウハウもなく電子会議室を作っても、これはなかなかうまくいきません。
 私が考えていたe−デモクラシーでは、ICTを活用していかに地域住民の行政参画を進めるかというのがテーマだったのですが、究極はそこを目指すとしても、そのテーマの立て方自体が適切だったのかどうか、私自身が疑問を持つようになりました。ちょうどその頃、小泉内閣の経済財政諮問会議に「日本21世紀ビジョン」専門調査会が設置され、新進気鋭の有識者を集めるとともに各省庁から若手企画官クラスが一人ずつ参加して、20〜30年後の日本の姿を描こうということになり、私もそのメンバーになりました。このビジョンで打ち出されたひとつの概念に「新しい公(おおやけ)」というものがあります。いままで公の分野は主に行政が税金で担ってきたわけですが、これからの時代は行政だけが公の担い手になるのではなくて、地域の自治会、町内会、コミュニティ、ボランティアグループ、NPOなど、行政以外のいろいろな主体が公を支えていくという姿に移行していくべきではないかというのが「新しい公」の考え方です。逆に言うと、全部税金で支えるのは高負担社会です。たとえば子供が狙われる犯罪が増えているからといって、税金でガードマンを雇って学校に配備すると大きな負担になります。しかし、地域の皆さんが防犯パトロールをするとなれば税金による負担はありません。つまりこれからの時代、地域住民が自分たちで地域を支える、地域力を強化する、地域社会への住民参画を進めることが重要なのではないかということです。国が進めている地方分権の流れを突き詰めていくと、このような世界になるのではないかと思います。補完性の原則という言葉を聞かれたことがあると思います。ニアーイズベターですね。これはEUを作るときに打ち出された考え方でもあり、身近な地域で解決できることは、身近な地域で解決しようという原則です。日本に置き換えると、市町村でできないことだけを県で、県でできないことだけを国がやろうというものです。ただこの平成の大合併で、兵庫県でも市町村は91から41まで減っています。その結果、人口1万人未満の市町村はなくなりました。これほど各市町村の規模が大きくなってくると、地方分権の受け皿としての市町村だけでなく、地域コミュニティの姿をしっかりさせることが大切になります。いかに犯罪に強い、災害に強い地域コミュニティを作り上げていくか、ということです。

 兵庫県における県民交流広場や地域SNS活用モデル事業も、そうした視点に立っています。県や市町の行政に住民が参画する手前にある課題として、地域社会へ住民が参画していくことが重要ではないかということです。しかし、都市部を中心に地域コミュニティは昔に比べると極端に希薄化しています。私は、いろいろな犯罪が起こったり、子供たちがキレたりというのも、ひとつには地域におけるコミュニケーションが疎になっていることが背景にあるのではないかと思っています。
 コミュニティが希薄化し、人と人とのコミュニケーションが断絶されていくと、地域社会そのものがだんだんと弱くなってしまいます。もともとの農村社会では地縁ががっちりしていました。高度成長期においては企業に年功序列賃金や終身雇用制度が普及する中で、わが国では会社コミュニティが中心になりました。しかし、現在のグローバルな競争のなかで、会社がコミュニティとして機能するには、ある意味でコストがかかるようになってきました。リストラなどというのは、まさにコミュニティメンバーからの排除を意味するのだと思います。そこでもう一度、共通の価値観や趣味等でいろいろなコミュニティが作られて、また一人の人間がひとつのコミュニティにしか属せないというのではなく、複数のコミュニティに属するようになると、回りまわって誰もがどこかでつながっている、そんな社会が再構築できるのではないかと考えています。そのような新しいコミュニティの形成により豊かなソーシャルキャピタルを醸成できないか、これがおおまかに私がイメージしていることです。コミュニティを作り上げるときには、実際に顔を会わせてフェイストゥフェイスでコミュニケーションをすることが基本だと思います。たとえば電子会議室へ不用意に書き込みをすると、全員に同じ話が伝わってしまい、これは荒れる原因になります。メーリングリストでも同じですが、文面だけではニュアンスが十分に伝わらず、人によって受け取り方は異なってきます。大勢が参加している電子会議室では、ちょっと面白おかしく書いたつもりが誤解を生んだりして、いったん論争に火がつこうものならヒートアップして大変なことになります。こんなケースを、皆さんはあちこちで経験されていると思います。やはり誤解を生みやすいテキスト情報だけで議論をするのは、限界があると思われます。私たちは、日常の会話では、AさんとBさんに話をするときは言いぶりを変えて伝えたり、伝える情報の範囲を人によって限定したりということを、当然のようにやっています。これができないと人間社会はうまくまわっていきません。そこで、そうした実際のリアルコミュニケーションでやれることを、ネット上でも実現できないかということを私は考えました。これができれば、居心地の良いコミュニケーション空間ができるのではないかと思います。
 そう考えてたどり着いたのが、このSNSというシステムなのです。2005年から本日もお越しの学習院大学の遠藤先生などに委員になってもらい、総務省でモデル事業の実証実験に取り組んできました。また、去年4月に兵庫県に参りましてからも、コミュニティの活性化という視点から地域SNSの活用に取り組んでいます。
 そして、今年の4月から、企画管理部長として情報政策を所管する立場になりました。そこで本題に入りますが、兵庫県における情報戦略の展開について、その概略を紹介したいと思います。

 兵庫県の情報戦略は3年ごとにローリングして、今回の戦略は第3弾になります。戦略策定の背景としては、ブロードバンド化の進展によって、わが国のインターネット利用が高速大容量で世界でも最も安い料金になったことが挙げられます。それからモバイル、つまり世界でもいちばん高機能かつ広範に普及している携帯電話の利用形態をいかに進化させていくかということも課題になります。兵庫県としてもこの点は十分意識すべきことです。そして、個人を基点とした情報発信ができるようになったことがポイントですが、その結果として、インターネット上の情報は玉石混交の大洪水状態になっています。そのなかで自分が欲しい情報だけをより分けて入手できるような仕組みづくりをしていくことが大切です。また通信と放送の融合については、ネットワーク上でさらに進むことは間違いありません。ただし、通信と放送では大きく異なる点があります。通信は双方向がひとつの特徴ですが、放送のメリットは、情報を伝える際にボトルネックがないことです。阪神・淡路大震災の時は携帯電話がまだ広く普及していなかったので混雑が起きずに使えたのですが、その後の災害では大勢の人が使うようになり、なかなか通じにくくなりました。たとえば従来の電話に比べてつながりやすいと言われたインターネット電話も、現在では大災害時にはなかなかつながりにくくなっています。双方向通信である以上、どうしても皆がそこに集中するボトルネックが生じます。その点、放送は電波が空から降ってくるのですから、災害時でも受信できます。その意味で、災害時に住民に情報をどう伝えるかで、私が今いちばん注目しているのはワンセグの携帯電話です。パソコンもテレビも多少バッテリーで動作はできても、電気がなくなるとアウトです。インターネット電話も同じです。ただ携帯電話については、手動で充電できるツールがでてきています。こうしたワンセグ端末を兵庫県民が持っていれば、山上のテレビ塔からどんどん最新情報を送ることができます。これにはボトルネックは生じません。ともあれ、双方向という通信のメリット、ボトルネックのない放送のメリット、これらをうまく活かして施策を進め、新しい住民サービスを提供していこうとしています。

新産業の創出については、兵庫県も2010年頃から人口が減り始めますが、そのなかで総生産を維持向上させるためには、一人当たりの生産性を上げるしかありません。これからの時代に付加価値の源泉となるのは、人間の知恵や工夫、創造力を発揮することです。そしてそうした付加価値はコミュニケーションを通じて創発的に生み出されるものだと思います。ゆえにICTの貢献する部分は非常に大きいと考えています。
 もうひとつの、新たな地域コミュニティづくりについては、希薄化している地域のコミュニティを再構築するには、どうすればよいかが課題です。ある調査データによると、インターネットをする時間が多い人ほど街で人に合ってもあいさつをしない、という結果が出ているそうです。しかし、だからといってインターネットなんか利用しないほうがいいというのは、いかにも短絡的な発想です。交通事故が多いから車に乗るのをやめよう、というのと同じです。
 ICTというのは、コミュニケーションツールとして非常に便利なものです。使うのをやめるのではなく、これをいかに使いこなして、コミュニケーションを活発にし、また地域間交流を図っていくかが重要なのです。
 最初の3年間のひょうごIT戦略では、情報ハイウェイをはじめとするハードとシステムの整備を推進しました。次の3年間にIT新戦略で取り組んだのが、いわゆるデジタルデバイドの是正です。地理的なデバイドとお年寄りなどの情報リテラシー問題の解消に取り組みました。また情報セキュリティ対策についても、匿名性の高いインターネット空間においてデジタル情報は瞬時に広がりやすく、プライバシーの侵害や守られるべき情報の漏洩を防止することが重要であり、そこに着目した取り組みを推進しました。
 そして現在の3番目のひょうご情報交流戦略の3年間では、県民から見てICTの成果を実感できる社会の実現を目指した取り組みを進めています。コミュニケーションを日本語に訳すと「通信」という言葉になります。これをばらしてみると「信を通ずる」という意味になります。訳した人は「信を通ずる」ことがコミュニケーションだとしたわけです。しかし、電信の世界でこの言葉が多用されたために、いつの間にか無機質な言葉としてしか感じられなくなってしまいました。しかし、「信を通じる」ことがコミュニケーションの原点であることを、いま改めて思い起こすべきです。そしてコミュニケーションツールとしてのICTの活用をしっかりと考えていかなくてはならないのです。
 この戦略の基本方向の一つは、多種多様で整理された情報、つまり情報の洪水の中でカスタマイズされた必要な情報だけをいかに必要な人に届くようにするかです。個人にすれば長い時間をかけてネットサーフィンしなくても、すんなりと必要な情報が取り出せるということです。いわゆる万人向けの画一的なポータルサイトは、個人にとっては自分の関心がない情報もいっぱい載っているために、今後廃れていくのではないかと考えます。逆にグーグルのように検索のためのキーワードを入れて、関心分野にたどり着けるもののほうが支持されそうです。ただ検索は便利ではあっても、能動的に動かなくてはなりません。さらにいうと情報を絞り込む時にも通一遍のものになりがちです。たとえば、書評で知ったり、書店で山積みになっていたりする本には、私は必ずしも食指が動かなくても、自分がこれはと思っている人から薦められた本は、是非とも読んでみたいと思います。これからはみんな同じことを考えていればよかった規格大量生産の時代ではなく、個性が大切な時代です。ですから、書店に並ぶベストセラーではなく、しかるべき人から個人的に口コミで素晴らしさを伝えられた本のほうが読みたくなるものです。個性あふれる人間の知性が付加価値を生む時代においては、みんなと同じものを読んでいるだけではつまらないのです。自分が「この人は魅力的だ」と思っている人を介してフィルタリングされた本や映画は、その人から伝えられた一次情報だから価値があるのです。皆が知ってしまえば情報の付加価値は落ちます。本来はフェイストゥフェイスの一次情報がいちばんいいのですが、自分の知り合いの知り合いというような、マスではない人間のネットワークのなかで限りなく一次情報に近い情報を手に入れる。そのために最適なのがSNSのような仕組みではないかと、私は考えているのです。
 また2番目のIT新戦略でも取り組んだ格差のないインフラ整備をさらに追求しています。お年寄りでも目の不自由な方でも使えることを目指しています。これが戦略のふたつの基本方向です。個人を基点とした情報発信により、一人一人の個性が織りなす地域力をいかに実現していくか。これまで埋もれていた県民の能力や発想を引き出して、コミュニケーションを通じて刺激し合い、高め合うことにより新たな地域づくりの可能性を開花させたい、というのが今回の新しい情報交流戦略の目指す社会像です。その実現のためにたくさんの施策を打ち出していますが、その冒頭に掲げているのが、「情報コミュニティづくりの推進」です。具体的に私がいちばん力を入れているのが「地域SNS「ひょこむ」の活用です。「ひょこむ」とは兵庫のコミュニティの意味です。(図1参照)
 地域SNSは、個人を基点とした社会的ネットワークをインターネット上に構築するものであり、電子会議室などと異なり、情報が集まる結節点が場ではなく個人であることが特徴です。人が一番の魅力、ポイントなのです。昔の観光といえば名所旧跡を見たものですが、これからのツーリズムの時代は、その地域にどんな魅力的な人がいるかに意味が出てきます。たとえば野生復帰した豊岡のコウノトリの場合、そのコウノトリを見るだけなら昔の観光と同じです。野生復帰の蔭には無農薬農業や田んぼへの湛水などコウノトリを野生復帰させるために努力してきた多くの豊岡の人たちがいます。そうした人々の話を聞いてみたい、というのがこれからのツーリズムの流れになると思います。自然の風景もいいのですが、一番会いたくなるのはそこにいる魅力的な人なのです。これはネットの社会でも同じことが言えます。こんな魅力的な情報を発信している人とコミュニケーションしたいという思いを実現できるのがSNSなのです。
 もうひとつは、インターネットの世界は匿名性が高く自由なのですが、逆に言えば悪いことをしている人の顔が見えません。ともすれば迷惑メールの嵐に見舞われてしまいます。海賊や山賊が跋扈する底知れないサイバー空間といってもいいでしょう。そのなかで、安心して信頼感をもってコミュニケーションできる空間をつくることは大きな課題なのです。たとえばミクシィは匿名でも利用可能なのですが、やはりプライバシーの侵害が起こっています。
 SNSの場合も絶対安心とはいえませんが、情報をアクセスコントロールできることが特徴です。一つのSNSを使って一元的に、全国に広く知らせたい情報はインターネット一般に公開し、また限られた人だけに伝えたいものは、情報の公開範囲を限定することも可能です。もうひとつの特徴が利便性です。自らの関心情報をマイページで一覧できます。これは友達という人を介したフィルタリング、あるいはコミュニティという掲示板の選択を通じて、関心のある新着情報だけが項目表示されるようになっています。これからのインターネットサイトでは、IDパスワードでログインすると、誰がログインしているかわかるので、その人にとって必要な情報だけが個人のポータルサイト(マイページ)に表示され、それをワンクリックするだけで欲しい情報に到達できるようになると予測できます。しかし既にSNSでは、それに近い世界が実現できています。地域というリアルな社会と密に連動している地域SNSは、地域活性化に直結するバーチャルなコミュニケーションツールになると考えています。
 「ひょこむ」は完全実名登録制です。紹介者がきちんと登録情報をチェックしてから、メンバーになります。ロータリークラブやライオンズクラブでメンバーの紹介によって入会するのと同様です。立ち上げた時は「ネット社会は匿名で自由だからいいのに、なぜ実名登録を求めるのか」とかなり批判もあったようです。しかし実名登録制で、しかもその人の紹介者が誰かも他のメンバーにわかるようにしたことで、何か問題が起こったときには、たどっていけば誰がそんなことをしたのかわかります。ただ、いざという場合にたどることはできても、アクセスコントロールができるために、個人情報をすべていつもさらしているわけではありません。つまり、匿名で悪いことができないということと、プライバシーは守れるという両面を実現しているわけで、これこそが地域SNS「ひょこむ」の大きな特徴です。自由さとプライバシー保護は両立しないとよく言われますが、私は技術的に両者の実現を目指すべきだと考えています。
 「ひょこむ」の参加者は6月23日現在で2374人です。そして全県下でどんどんメンバーが増えています。1日あたりのページビューは20〜25万件。ログインしたメンバーの滞在時間が長いのも特徴です。平均年齢は42歳で、まさに実社会で活躍している人が中心メンバーです。実名登録で後見人が必要ということで、入口ではがっちりチェックされます。しかし、入ってしまえば内部は温かくて居心地のいいコミュニケーション空間です。また「ひょこむ」以外にも神戸では若い人たちが中心になって「ショコベ」という地域SNSを展開しています。
 では、この地域SNSがこれからどういう方向を目指すべきかを考えてみます。まず、安心という土台のうえに心地よいコミュニケーション空間を創造することです。本人の実在性は担保するけれども、プライバシーはアクセスコントロールしてしっかりと守ります。次に便利さという面で、関心のある情報を一覧して見ることができ、欲しい情報がワンクリックで入手できることです。またコミュニケーション機能をいろいろと充実させていきます。そして、これは社会学的な切り口ですが、「知縁」づくりも大きなポイントです。インターネットとコンピュータがつながった世界において、テクノロジーと社会学がつながるのではないかと私は思っています。その流れの中でいちばん関心を持っているのが人と人のネットワークづくりです。いままでの地縁は土地の「地」の地縁で、住んでいる人は否応なくそこのコミュニティに属していたわけです。しかし、ひとり1コミュニティでは息苦しくて、時にはいじめも起きます。「地縁」のつながりでは、そのコミュニティから出て行くことがなかなかできません。そしてそれが、いじめの原因にもなるのです。
 SNSでは、そのようなひとり1コミュニティではなく、複数のコミュニティに属することができます。それは志、趣味を同じくする人々によるコミュニティでもいいし、あるいは高校の同窓生コミュニティでもいいのです。一人がいくつものコミュニティに属して、どこかで皆がつながっているようなそんな「知縁」のネットワークづくりを、できればインターネットのバーチャル空間だけでなく、リアルなコミュニケーションとの連携のなかで実現していきたい。それがコミュニティの活性化、ソーシャルキャピタルの醸成につながるのではないかと考えます。
 この方向を目指すために技術的に何をやっていくかというと、いま考えているのが地域SNS間連携です。全国各地に信頼できるメンバーによる地域SNSがあったとしても、それらに個々個別にアクセスするのは大変です。そのSNSにはログインしていなくても、その中で関心ある新着情報については自分の属している地域SNSで見ることができれば便利です。実はRSSを使ってインターネットの世界にオープンにすれば、新着情報を飛ばすことはできるのですが、一旦インターネットに情報がさらされると、検索エンジンに引っかかるなどプライバシーが守れなくなります。そこでいわば信頼できる安心なオアシスとオアシス間に盗賊に襲われないような安全なルートをつくる、つまり信頼関係にある地域SNSどうしで安全に情報を飛ばせないかというシステム的な実証実験に、総務省と地方自治情報センターの協力を得て兵庫県で今年度取り組みます。
 また、いかに地域SNSをモバイルの携帯電話で使えるようにするかも課題です。そしてマッシュアップという手法です。もし「ひょこむ」のシステムを全部自分達でつくりこもうとすると大変なコストがかかります。そこで、マップはグーグルマップを活用していますし、動画もユーチューブを組み込んでいます。自前でつくり込むコストを抑えて使える外部資源はどんどん使っていこうということです。ただし、個人情報の塊である地域SNSに書き込まれた情報自体は自分たちでがっちりと守っていく必要があります。
 「知縁」関連では、地域通貨のことも考えています。経済がグローバル化していくなかで、インターネット社会になって、いちばん暴れまわっているのはお金です。音楽とお金はネットにとても馴染むものです。アマゾンでも本を受け渡しするための宅配システムとなどリアルな社会での基盤が必要です。しかしお金は単なる電子ポイントですから、瞬時に世界を駆け巡ります。各国の通貨レートや金利差などを見て動くヘッジファンドのような巨大マネーが暴れまわります。実際こうした動きによって、地域社会が危機にさらさるケースも生じています。それに対するアンチテーゼを打ち出そうとする時に、私は地域通貨が使えるのではないかと思っています。お金には3つの機能があります。それはモノサシつまり評価する機能、交換する機能、そして貯めて増やす機能の3つです。地域通貨では減価を導入することにより、この3番目の機能は排除して、評価と交換の機能のみにします。通貨に利子がついて増殖する機能を野放しにしておけば、大きくいえばヘッジファンドのようにモノやサービスの交換に必要ないお金だけの動きを加速しかねません。そのような自己増殖を目的としたお金ではなく、あくまで地域における助け合いの媒体と考えて、地域通貨のポイントを活用してメンバー間の交流促進やコミュニティの活性化を実現できないかと考えています。実際にこの夏から「ひょこむ」で地域通貨と地域SNSの連携を実証したいと考えています。
 今年の8月31日に兵庫県公館で地域SNS全国フォーラムを開催します。そのときに「コミュニティの活性化」「地域間交流の促進」「電子的な地域通貨との連携」の3つをテーマにして、地域SNSの目指すべき姿についてどういう取り組みをしていくかを討論したいと思っています。

以上(未定稿)
 by 牧 慎太郎