登 山 と I T


 趣味は山登り
 私の趣味は、山登りである。趣味で山登りのホームページも立ち上げている。もっとも学生時代からバリバリの山岳部員だったというわけではなく、登山歴としてはまだ十年余りである。自治省(省庁再編により総務庁、郵政省と統合して現在は総務省)に入省してからは、国と地方の双方における勤務を経験してきたが、自治省には三惚れ主義という伝統があった。「土地に惚れよ、仕事に惚れよ、妻に惚れよ」というもので、私の結婚式でも先輩から三惚れ主義の祝辞をいただいた。そして、赴任地ではできるだけ地域を隈なく歩くように心がけ、奈良県では47市町村、島根県では59市町村、北海道では212市町村すべてに足を運んだ。そして、いろいろな土地を歩き巡るなかで、山にも登るようになったのである。入省3ヶ月後まず最初に赴任した奈良県では、山辺の道、葛城の道などから始まって大台ヶ原、大峰山、金剛山などを歩いた。そして、登山靴を買って本格的に登り始めたのが、入省6年目に企画局調整課長として北九州市に赴任してからである。市役所の山歩会に入って、月1回のペースで九州・山口の山々に登った。次に赴任した島根県では登山の趣味も本格的となり、3年間で県内百山を踏破することができた。

 ITとの関わり
 一方、ITとの関わりと言えば、学生時代には教養課程でコンピュータ数学の単位を取ったくらいで、法学部ではほとんどITには縁がなかった。自治省財政局では公共事業等の補助率見直しや整備新幹線の財源負担問題などを担当し、ワープロと表計算ソフトには大変お世話になったが、ネットワーク接続のパソコンに本格的に触れたのは課長補佐になって通産省(現・経済産業省)に出向した時である。この頃、通産省ではパソコン一人一台体制となり、インターネットや電子メールが抜群に便利なツールだと実感。通産省から島根県へ商工労働部企業振興課長として赴任した際には、中小企業情報センターのシステムもパソコン通信からインターネット接続へと切り替えを図り、ITビジネスの集積を目指して島根大学隣接の丘陵地でソフトビジネスパーク構想を推進した。財政課長に異動してからも情報化には力を入れ、人工衛星なども活用した島根フロンティアネットワークの構築や一人一台パソコンの予算を措置した。当時の都道府県の財政課長でeメールアドレス入り名刺の第1号は私ではないかと秘かに自負している。島根県から自治省税務局に戻ってからは、15年ぶりに実現した在日米軍基地の自動車税率引上げの交渉などにあたる一方で、地方税情報の電子データによる保存の制度化にも携わった。行政関係の情報についても、紙情報から電子情報への流れが着実に進んでいたのである。

 北海道に赴任して
 誰もが憧れる北の大地「北海道」。今年の4月に本省勤務となるまで、北海道でも3年足らずの間に百名山を踏破することができたが、それまであまり接点のなかった登山とITが結びつくことによって、登山という趣味が奥深く広がりを持ったように思う。
 北海道では、自宅でもパソコンを購入し、インターネットに接続できるようになった。山に登る際に利用価値の大きいホームページとしては、まず一番に天気予報である。週間予報から市町村単位、3時間単位までの天気予報に加えて、山岳地帯の天気予報も閲覧できる。そして、地図情報も便利だ。カシミールというソフトを使えば、道路や登山道などの地図情報はもちろん、登山口から山頂までの標高差、登山ルートの断面図も得られ、山頂からどんな山々が展望できるかバーチャルに楽しめる。さらに、交通機関情報については、時刻表や運賃の表示にとどまらず、出発地と到着地を入力すれば乗り換え案内もしてくれる。遠出して泊まりがけで山に登る際には、評判の良さそうな宿を探してインターネットで予約することもある。山好きの御主人がやっておられる東大雪の糠平温泉にある山湖荘などは、ネット予約で何回かお世話になった。また山登りの分野でも、ここ数年で個人のホームページを開設する方々がかなり増えている。マスメディアを通さずに最新情報をやり取りする、まさに個人が情報発信する時代の到来である。検索とリンクで山のホームページをネットサーフィンするのも楽しみだ。登山ルートやコースタイムなどについてホームページで様々な情報が得られるので、ガイドブックの売れ行きが落ちたという話も聞く。
 また、北海道では携帯電話も購入したが、山岳地帯でも見晴らしの良い山頂や稜線上であれば、たいがい通話可能だった。非常時でなくても山頂に着いた時に家族へ電話一本入れるだけで喜びを分かち合えるし、帰宅時間の目途なども連絡できる。集まって登山する時は、待ち合わせにも便利である。また、iモードなら天気予報やバスの時刻なども調べることができる。最近のことだが、友人の車が林道で落石を巻き込んでJAFのお世話になった際も携帯電話が役に立った。万が一事故が起こった場合に備えるという点については、携帯電話の普及によって安易な救助要請が増えたという側面もあるが、一方で携帯電話がなければ助からなかった命も少なくない。私もかつて消防庁総務課に勤務したことがあるが、119番通報でも出動の空振りやタクシー代わりかと首を傾げるようなケースがあり、要は使う側の意識・モラルの問題だと思う。ちなみに、私は電池消耗防止の意味もあり、こちらからかける時以外は山域では電源はオフにしている。呼び出し音に煩わされたくないということもあるが、寒冷地や電波の弱いエリアでは電池の消耗が早いので、下山後交信可能な場所までは留守番電話対応にしているのである。尾瀬で移動通信用鉄塔を建設するかどうか議論になっていたが、景観やマナーの問題がクリアされるのであれば、私は携帯電話の通話エリア拡大には賛成である。
 そして、デジタルカメラも登山には必携となった。ネガ保存の手間がかからず、撮影した画像をパソコンで簡単に整理できる。しかもスマートメディア一枚でかなりの枚数が撮影可能な上に撮り直しも効くので、かつてのようにフィルム切れで悔しい思いをすることもない。撮ったその場で、あるいは帰宅してすぐに画像を見ることもでき、自宅のプリンタでも結構きれいに印刷できる。もちろん後ほど紹介するホームページ作成にも欠かせないツールである。
 このほか、GPSも便利である。雪山で視界がきかなくなった時などは本当に助かる。電池切れといった心配もあるので地図や磁石との併用は欠かせないが、北海道の山仲間でも沢登りや山スキーをやるメンバーには必須のアイテムとなりつつある。

 HYMLとの出会い
 ITによる環境変化は単に便利な機器が使えるようになったという話だけではない。実は、あるメーリングリストとの出会いが私の山登りのスタイルを大きく変えることになった。登山には最新情報が不可欠である。登山道の状況、天候などで山の環境は一変するし、登山口までの林道が通行止めになっていることも少なくない。特に北海道では積雪情報は重要だ。北海道に赴任して半年余り、登山にあたっての最新情報の必要性を痛感し、いろいろホームページで情報を収集していた頃に発足したのが、「北海道の山メーリングリスト(HYML)」である。
http://www02.so-net.ne.jp/~komiya/ml/hokkaido-yama.html
 第一回懇親会いわゆるオフ会が開催されたのが2000年1月。20名余が集まってほとんど面識のない状態だったが、さすが登山という趣味が共通しているだけあって、メンバーはすぐにうち解けた。赴任した土地の山々に地元メンバーと登るというのが私のスタイルで、それまで一緒に登るのは地方自治体の職員の方々が中心だったのが、学校の先生、マスコミの記者、中小企業のオーナーからOL、主婦に至るまで山仲間の幅も一挙に拡大した。北海道の山とITに通じる人間の集まりは、実に快活で愉快なメンバーが揃っていた。自由な横のつながりで活発に情報交換が行われ、いわゆる山岳会とはひと味もふた味も違った世界が広がっていた。メーリングリストに聞きたいことを流すと大抵は翌日までには誰かがレスポンスしてくれる。地元役場や観光センターに電話確認する手もあるが対応時間に制約があるし、山麓のホテルや旅館でも必ずしも正確な情報を把握しているとは限らない。何より実際に登った人からの直接情報が一番的確だ。双方向でタイムリーな情報が得られるメーリングリストは、情報ソースとしてとても重宝する。
 また、一般にメーリングリストというとどうも机上の議論を想像しがちだが、HYMLの場合、顔の見えるML、行動するMLという特徴がある。地域コミュニティーや共通の趣味をベースとしたメーリングリストなら多かれ少なかれ同様の傾向が現れると思うが、人間、単なるネット上の情報交換では飽き足らなくなるもので、ITによる通信手段が発達するほどフェイスツーフェイスの関係が自然に求められるようになる。そして、一度腹を割って話せる仲になってしまうと電子メールはコミュニケーションの補完手段としては実に便利である。メーリングリストでは売り言葉に買い言葉で険悪な雰囲気になるケースも見受けられるが、HYMLの場合、コアメンバーがオフの懇親会や登山で懇意になっているのが特徴で、対立が深刻化する前に適度な抑止力が働いているように思う。
 行動するMLの事例としては、札幌岳から空沼岳までの「縦走路ササ刈り」の実現が挙げられる。札幌岳(1293m)、空沼岳(1251m)ともに180万都市札幌の市内にある人気の高い山で、それぞれの山頂までは登る人も多く、しっかりしたハイキングコースが整備されている。HYMLが発足して半年余りたった8月。1日で2つの山頂を踏もうと札幌岳から空沼岳を縦走したところ、札幌近郊では貴重な存在だった縦走路がササ茫々で廃道寸前の状態。思わぬヤブこぎで7kmの道のりに4時間余りを要した。この登山道の状況について、このままでは廃道になってしまうとHYMLに報告したところ、みんなで登山道のササ刈りをしようではないかという話がまとまった。縦走した時には登山者は皆、整備の必要性について問題意識を持つのだが、ヤブこぎに懲りてまた縦走するのはやめておこうとなってしまう。7kmもの道のりになると一人一人の登山者では解決できない問題だが、財政的にも厳しい状況の中で登山道整備を行政だけに頼るわけにもいかない。こんな時、メーリングリストがボランティア集結の大きな力となったのである。HYMLではこのほかにも救急救命講習会の実施、山のトイレデー啓発活動、清掃登山など様々な活動がボランティアの形で繰り広げられている。最近は自然保護の観点から日高横断道路など公共事業のあり方も議論され、大きな運動につながりつつある。都市部では地域コミュニティーが弱くなったといわれる昨今、メーリングリストが新しいコミュニティー形成の有力な手段になっていくような気がする。
 さて、手前味噌ではあるが、私自身のホームページ立ちあげの経緯についても触れておこう。HYMLでは、個人のホームページを持っているメンバーが多く、その数は現在ではざっと80にのぼり、山行記録、山の写真、花の写真、エッセイなどそのコンテンツは各人各様だ。私も山仲間たちに刺激を受けてホームページを立ち上げることとなった。内容的には登山記録と記念写真を中心としたもので、一緒に山へ登ったメンバーに見てもらう自己満足の域を出ないホームページだが、yahooやgooなどの検索エンジンを使って自分の名前でホームページの検索ができるのがうれしい。地域情報化の推進という仕事柄、お会いする方々の中にはパソコンはもちろん御自身でホームページを持っている方が少なくないので、自己紹介でも話題が盛り上がる。結構知り合いや山仲間が見てくれているようで、これまで知らなかった方からメールをもらうこともある。たいがい山を趣味としている人で、共通の知人がいたりするとネットワークはどんどん広がっていく。
http://www.d3.dion.ne.jp/~maki_sr/

 おわりに
 ここまで私の趣味である山登りの話を書いてきたが、ITの活用と言っても、単なる便利な機器の登場ということにとどまらず、人間同士のつながりや社会のあり方自体を変えていくような変革の力を持っているように思う。そして、「IT」という言葉についても単なるインフォメーション・テクノロジーではなく、コミュニケーションの「C」を加えて「ICT」と呼ぶほうが的を射ているような気がする。eデモクラシーという言葉があるが、行政サイドも計画策定等に際してインターネットを活用してパブリックコメントを行ったり、メールマガジンを発行している。今まで地域コミュニティーにおける意思形成に参加していなかった人々が、インターネット上の掲示板やメーリングリストの活用などによって、積極的に意見を表明できるようになってきた。マスコミというフィルターを通さない形で、大きな社会運動のうねりを生み出していく可能性も感じる。
 総務省では、昨年10月に全国ブロードバンド構想を策定。2003年度には電子自治体を実現し、2005年度までに地域公共ネットワークの全国整備を目指している。登山に限らず、人々の趣味の領域もIT+Cによって大きく変わってゆくことだろう。

【後日談】
 札幌市のIT経営戦略セミナーの講師として7月17日に北海道入りした時のこと。幹事が気をきかせて私の渡道に合わせてHYMLの懇親会をセット。40名近い山仲間が集まってくれました。大勢が集まるにはメーリングリストは実に便利だと改めて思いました。