「時評」7月号インタビュー

人と人とのつながりが豊かな地域を育む

 豊かな「公」の実現

 日本二十一世紀ビジョンに関する専門調査会の下には四つのWGが設けられましたが、そのなかでも生活・地域WGの検討範囲は幅広く、ビジョンが示す3つの目指すべき将来像、すなわち@開かれた文化創造国家、A「時持ち」が楽しむ「健康寿命八〇歳」、B豊かな「公」・小さな官”については、いずれも生活・地域WGで活発に議論されたものです。
 私事で恐縮ですが登山を趣味としておりまして、冬になると雪に閉ざされる過疎地域の山村などを訪れて話を聞くと、昭和三十年頃までは地域内ではお金をやりとりすることはあまりなかったそうです。村人は皆顔見知りで警察沙汰になるような犯罪もめったにないし、道路の除雪も協力して行い、子育てや介護は大家族の中で賄われ、電気系統が故障すると村人の誰かが修理してしまうなど、地域における相互扶助・コミュニティが機能していたため「円」をわざわざ使う必要がなかったのです。言わば地域コミュニティが「公」を賄っていたわけです。自給自足が成り立っていた農村社会ではごく当たり前に見られた風景かもしれません。
 それが工業化の進んだ高度成長期、特に人口が流入した都市部では、育児や介護、道路の除雪などを家族や地域コミュニティだけで担うことができなくなり、その受け皿として行政が役割を拡大していきました。税収が伸びた高度成長期にはそれでも増大する福祉需要に対応できたのですが、これからの時代、豊かな「公」を実現するためには行政だけでなく、NPOなど多様な主体による公益的な活動が欠かせません。税収の伸びが期待できない中、できるだけ官のスリム化を図る必要もあります。例えば、学校の安全が脅かされている昨今、警備員を雇うのは税金の支出につながりますが、近隣の人々が防犯パトロールに乗り出すのは、まさに地域コミュニティによる「公」の実践です。
 その際、たとえNPOが主体ではあっても最低限の活動経費は必要です。それを役所の判断で補助金として出すのが良いのかどうか。日本ではまだまだ寄付文化が定着していませんが、NPOなどが行う公益活動に対して、徹底した情報公開を前提に、国民一人ひとりの選択によって納税額の一定割合を助成することも考えられます。既にこうした仕組みを取り入れる自治体も現れており、まさに国民の多様なニーズに対応した公益活動を促進する事例として注目しています。

 社会階層の固定化を防ぐ

 人口全体が減少傾向に転じるなか、若年層を中心にいわゆるフリーターやニートなど、社会的なつながりを欠いた人々が増えています。かつて高度成長期には、社長と新入社員の間に所得の差があったとしても、終身雇用のもと努力すれば相応の成果が得られると誰もが思える社会でした。しかし今や、正社員とフリーターとでは賃金その他の処遇で埋め難い溝が生じ、努力をしても報われないと感じる人々が増えています。こうした社会階層の固定化は避けなければなりません。では、どうすれば良いかといってもなかなか難しいのですが、WGで議論されたのは、市場や地域社会の中で多様な形で評価される仕組みを構築できないか、すなわち失敗してもやり直し可能な社会を目指す、また一つのモノサシだけで勝ち組、負け組を決めてしまうのではなく、地域における社会奉仕活動や文化活動などで評価される、そうした価値尺度の多様化が今後求められるでしょう。
 また、教育との関連では、必ずしも学力や職業能力ばかりではなく、人間関係を形成するコミュニケーション能力、言わば“人間力”がこれから重視されるべきです。また、希薄化するコミュニティ意識の再構築に向けた一つの提案として地域通貨の普及が挙げられています。グローバルな市場で流通する通貨とは違い、地域通貨は人々の助け合いを仲立ちするツールです。こうした地域の助け合いを促進する地域通貨によって、円では表せない価値やサービスの好循環を生みだし、地域資源の有効活用や地産地消の促進などによって地域を活性化することが期待されます。具体的な取組み事例として、リサイクルなど環境に貢献する活動や防犯パトロールなどに参加するとポイントが溜まり、公立の動物園、駐車場、温泉施設などで利用できる地域通貨も出てきています。

 さて“時持ちが楽しむ健康寿命八〇歳”ですが、ポイントはやはり「お金」より「時間」、しかも健康に過ごせる時間です。つまり、自分のために使える時間を持つ人、自分自身で時間の使い方を決められる人が豊かであるということです。そして、人生を全うする直前まで元気に過ごせるようにしたい。二○○二年、日本人の健康寿命は七五歳でした。これを八〇歳まで引き上げることが提言されています。人々のクオリティー・オブ・ライフを高めてこその豊かな社会と言えるでしょう。

 三〇万都市を前提に

 これまで生活・地域のうち「生活」に重点を置いて話を進めてきましたが、では今後の「地域」はどうあるべきか。ここでも人口減少社会が前提となりますが、その減り方の実態について認識しておく必要があります。人口は決して全国一律に減るわけではありません。わが国では高度成長期に団塊の世代が農村部から流入し都市部の人口が大幅に増加しました。その結果として、地方中核都市から一時間圏外の過疎地域では高齢者の割合が高く、この四半世紀で人口が激減すると予測されています。一方、大都市圏の周辺部でも深刻な状況を迎えます。これから高齢者の著しい増加が予想されるのは、地方の過疎地域ではなく団塊の世代の方々が数多く居住する大都市圏郊外のいわゆるニュータウン地域です。それにも関わらず、こうした地域ではこれまでお年寄りが少なかったため高齢化社会に対応した社会資本の整備が必ずしも十分ではなく、しかもこれから整備していくには、財源が足りないという問題に直面します。
 こうした背景のもとで地域づくりを進めるには、まず自治体のあり方をどう考えるかです。現在、市町村合併が進んでいますが、それでも一万人未満の市町村は数多く、こうした小規模団体では人口一人あたりの行政コストがかなり高くついているのが現実です。これからの本格的な地方分権の受け皿になる基礎自治体にはしっかりした行財政基盤が必要です。そのためWGでは、離島や広大な面積を持つ過疎地域を除いて人口三〇万人規模の基礎自治体を前提として打ち出しました。そしてできるだけコンパクトなまちづくりをしよう、そのためには車が無くても生活できるよう、良質な賃貸住宅を充実させて市街地の中心部を活性化させていこうといったことが提言されています。

 国と地方の関係も再考の要ありです。補助金行政などは抜本的に見直すべきでしょう。補助事業は一見地元にとって負担感が少ないので、財政的なモラルハザードを引き起こしがちです。結果として住民のニーズに即した事業にはつながらない面があります。そこで、補助事業を大幅に縮減しつつ税源移譲を実行し、少なくとも市町村レベルでは国からの財源移転に大きく依存しなくてもやっていけるようにする。税源移譲に関しては、例えばガソリン税について、それぞれの地域における道路利用に応じた税収をできるだけその地域の財源にし、道路だけでなく渋滞の緩和にもつながる鉄道整備など地方の判断で行う関連事業に振り向けることも提言されています。
 しかし、それでも税源の足りない離島や過疎地域の小規模自治体はどうするか。これは自治体の財政力に応じた権能配分を実現する、つまり、生活に密着した身近な行政サービスは市町村が担うが、広域的に対応できる事業は県などに任せる。仕事の分担を財政力に見合った範囲に絞り込んで行政サービスと税負担の対応関係を明確化するという考え方も示されています。

 社会資本整備に関しては、人々の知的活動をサポートする社会基盤として情報通信インフラなど新しい社会資本整備への質的転換も提言されています。インターネットを始めとする情報通信技術は、障害者などの社会進出を支援し、子育てをしながら働ける可能性を広げるほか、行政への住民参加を促進し、個性豊かで創意工夫あふれる地域社会を創り上げる有効なツールであり、人々の生活局面に新たな、そして大きなインパクトをもたらすものと期待されます。

 最後に“文化資本”の形成にも触れておく必要があるでしょう。これから情報化が進み、知的な価値が重視される時代において、人々の心を豊かにし、それぞれの地域、ひいては日本全体のパワーの源泉となり、更には外国をも魅了するような文化力が重要です。

 2030年には、そうした魅力にあふれた日本を実現するためのヒントが、このビジョンにはたくさん盛り込まれていますので、皆さんにも是非ご一読いただければと思います。

「日本21世紀ビジョン」生活・地域WG委員  牧  慎 太 郎