まちづくり交付金 創設秘話

 「eまちづくり交付金」が創設されたのは、平成14年度補正予算においてであった。当時の日本経済はバブル崩壊後の景気低迷からなかなか脱却できず、本格的な景気回復への道筋を模索していた。また、情報通信関係のハード事業については、ようやく自治体による光ファイバ網整備が公共事業関係費に組み込まれるなど一定の前進はあったが、実際にITを活用したソフト施策となると決め手に欠けていた。せっかくハードのインフラ整備を進めても、ITのメリットが住民にとってなかなか実感できないという声もあった。
 そして、地方分権の流れの中で、これまでのように国主導でモデル事業を推進するのでなく、地域からの発想によって個性あるまちづくりを推進するような施策が求められていた。地域の知恵と工夫を生かして、住民の目に見える形でITを活用した地域活性化策を打ち出せないか。地域の中小企業に元気を与え、新規雇用の創出にもつながる事業が展開できないか。そうした問題意識から、地域の創意工夫を生かしたソフト施策「eまちづくり交付金」が景気対策の目玉として打ち出されたのである。
 eまちづくり事業は「補助金」でなく「交付金」とした点が画期的だった。自治体の財政も地方税収入が落ち込む状況で、補助事業では裏負担が生じるため年度途中の事業化は難しい。ハード事業であれば、補助金の裏負担については地方債の充当も可能であるが、ソフト施策については、せっかく素晴らしいアイデアを持った自治体があっても地方債が活用できず、自治体の財源手当が困難なため事業化を断念せざるを得なくなることも予想された。また、細々とした補助要件で縛ることなく、ITを活用した創意工夫あふれる案件を幅広く事業化したいという理念もあった。そこで、思い切って「交付金」事業とする案で財務省に予算要求をぶつけたわけである。
 eまちづくり事業では、地域の中小IT企業・NPO法人等の参画を要件とした点も特徴である。東京の大手企業が地域にアイデアを売り込み、東京に資金を吸い上げるのでなく、地域における創意工夫を生かした地域経済の活性化を目指したものである。また、雇用対策という観点から、IT人材の新規雇用を創出することも要件とした。不況期というのは逆に中小企業でも優秀な人材を確保するチャンスであるが、eまちづくり事業の採択をきっかけに躊躇していた新人採用に踏み切れましたという嬉しい声も聞くことができた。eまちづくり交付金の予算要求額は100億円。1件あたり2千万円、各都道府県10カ所程度の採択を目指すソフト施策としては異例の大型要求だった。
 そして、財務省との折衝が始まったわけだが、交付金については全額が国費負担ともなりうるので、財政的なモラルハザードを起こさないかどうかが議論となった。これについては、事業規模、内容等に応じて1000万円、1500万円、2000万円という3段階の定額交付金方式をとることにより対処することになった。仮に2000万円の事業費で応募しても、内容的に高い評価が得られなければ、交付金額は1500万円、1000万円となり、実質補助率は4分の3、2分の1になってしまう。全く自己負担をする意志もなく、安易に事業費を膨らませた要望はこれでシャットアウトされることになった(手堅い自治体は1千万円で応募されたと聞く)。
 結局、財務省との厳しい予算折衝の結果、採択数全国100件、総予算15億円で決着した。総務省内部のことで恐縮だが、ITを活用して地域を元気にするにはハード事業だけでなくソフト施策こそが必要であるという、当時の稲村統括官、寺崎参事官の強い意志がなければ、この斬新な施策が日の目を見ることはなかっただろう。
 そして、モデル事業の募集・採択にあたっては、地域の知恵と工夫の競争により優れた案件を選抜する仕組みが考案された。まず、応募のあった案件の中から都道府県ごとに上位5件を推薦してもらった。5件の推薦枠に対する応募倍率が6倍を超えたところもあったという。そして、各総合通信局の管内ごとに市町村数に応じてブロック採択枠を設定し、各総合通信局で優先順位をつけてもらった。そして、総務本省の月尾先生を座長とする評価委員会で採択案件を決定した。総合通信局の推薦順位がブロック採択枠に入っていても、本省評価委員会の評価が悪ければ(複数委員が最低ランクの評価)落とされることもあるし、総合通信局の推薦順位が低くても本省評価委員会の評価が高ければ(30位以内)採択となった。実際に応募団体からヒアリングを行った総合通信局が順位付けした推薦リストは尊重されたが、あまりおかしな推薦順位をつけると評価した総合通信局自身の信頼性に疑問符がつきかねないという抑止力も働いてか、概ね本省評価委員会と変わらぬ適正な評価が行われていたと思う。また、このような仕組みをとった意図としては、近隣エリアの自治体どうしがアイデアを隠して蹴落とし合うのではなく、お互いに協力して情報交換し、提案内容を高め合うほうが有利に働くことが挙げられる。ブロックごとに一律の固定した採択枠を設定することによる弊害を避ける狙いがあったわけだが、結果的に少ない都道府県で1件、多いところでは5件が採択された。

 事業の実施にあたっては、単に交付金を配分して後はお任せということでなく、採択されたモデル自治体どうしが情報を交換しながら事業が展開できるよう、情報基盤協議会の協力を得て「eまちづくり電子会議室」が設置された。各テーマ別、各地域別の個別会議室が設置され、テーマ別会議室のファシリテータとして経験豊富な先生方にサポートしていただいた。そして、基盤協事務局の担当職員の働きも忘れてはならないだろう。新しい発言があるとメインページ会議室一覧のトップにタイトルと発言者名を繰り上げて表示し、発言のない会議室はメインページから脱落させていく仕組みなどを盛り込んだシステムは、担当職員がフリーソフトをもとに手作りで構築した労作であった。
 eまちづくり交付金は、単なる1回限りの予算措置というだけでなく、「地域情報化モデル事業交付金」として閣議決定のうえ政令にも位置づけられたのだが、その後は景気対策の補正予算措置が講じられず、残念ながら翌年度以降予算化されることはなかった。しかし、平成15年度の電子自治体大賞では各部門をほとんど総なめにするなど、eまちづくり事業の成果は様々なステージで高い評価を受けている。
 100団体すべてが大成功とまでは行かなかったかもしれないが、eまちづくり交付金をきっかけに、各地域における創意工夫あふれる取り組みが動き出し、少なからず地域情報化に弾みがついたのではないかと思っている。eまちづくりに携わった関係者の皆様に改めて深く感謝申し上げたい。

前 地方情報化推進室長  牧 慎太郎