【未定稿・図表省略】


ICTを活用した地域通貨システム

1.地域通貨とは
 地域通貨とは、特定の地域などで限定的に流通するお金である。「円」が、どこでも誰でも何とでも交換できる汎用的な「法定通貨」であるのに対して、一定の地域やコミュニティのメンバー間におけるモノやサービスの交換を仲立ちするポイントのようなものといえる。「円」に比べて使用できる範囲は限定されているが、一方で「円」では表現できないような価値の交換を仲立ちする媒体としての役割が注目される。地域通貨は、ボランティア活動を促進し、介護、福祉、子育て支援などコミュニティサービスを活性化するとともに、地域内における消費循環や地産地消の促進、地元商店街の振興など地域経済を活性化する効果が期待されている。無機質な「円」では実現できない地域コミュニティ活性化の手段として、全国各地において「顔の見えるお金」地域通貨への取り組みが活発化している。

2.地域通貨の歴史
 お金には2つのルーツがあると言われている。ひとつが地域コミュニティにおける助け合いの貸し借りを可視化したものであり、それ自体に価値があるというより交換の目印としての機能を持った大きな石や貝殻が貨幣として使われ、コミュニティ内で流通した地域内通貨である。もうひとつが、地域エリアを超えた交易、グローバルなマーケットにおける取引に使われる地域外通貨であり、国家が強制流通させる紙幣が登場するまでは、それ自体が価値を有する金や銀が貨幣として使われた。国家の成立ともに法定通貨への一元化が進められてきたが、地域通貨はコミュニティ内で流通したお金の流れをくむものと考えることができるだろう。グローバルマーケットを投機資金が行き交い、世界経済がインフレやデフレになることによって、近所で採れた大根の値段や床屋の散髪代が乱高下するというのは、本来おかしなことではないか。こうした素朴な疑問から、地域コミュニティにおける価値の交換媒体としての地域通貨が復権する動きが出てきているように思える。
 世界の歴史をたどると、第一次世界大戦後に訪れた世界恐慌で欧米諸国が深刻なデフレに見舞われた時代に各地で地域通貨が出現したことが注目される。不況で物価が下落すると買い控えが起こり、ますます景気が悪くなるデフレスパイラルの悪循環に陥ってしまう。人々の間にいわゆる「貨幣愛」が高まり、法定通貨が十分に機能を果たさない、お金の回りが悪くなった時代に地域通貨が登場しているのである。
 1930年代初頭、オーストリアの炭坑町ヴェルグルで地域通貨が発行された。この町では、法定通貨の代わりに、働いた時間に応じて地域通貨が付与された。この地域通貨の特徴は、毎月1%相当のクーポンを貼りつけないと使えないという点にあった。毎月1%ずつ価値が減る、減価する地域通貨だったのである。この地域通貨は、皆が早く使ってしまおうとしたため消費循環を促進し、地域経済の立ち直りに貢献したという。
 ここでちょっと想像力を働かせて不況の炭坑町における地域通貨の発行を考えてみよう。不況で石炭価格が暴落し、炭坑経営者は石炭を掘っても採算が取れないので、採掘を休止してしまう。すると労働者は失業して賃金がもらえなくなる。商店もお客が減って経営は苦しくなり、モノが売れなくなると納入業者や生産者も困ってしまう。そこで、町が地域通貨を発行し、炭坑で働いた時間に応じた地域通貨を付与したとする。毎月5%ずつ減価させることにより、地域通貨の流通を促進する。2年後、石炭価格が上昇して市場で石炭を売却できたら収益が残る。一方で、地域通貨は毎月5%ずつ減価させているので、20ヶ月後には町の負担はなくなっている。まるで手品のような話だが、石炭を売却して残った収益は、結局、炭坑労働者が働いたことによる付加価値なのである。掘るべき石炭もある、労働者もいる、石炭という燃料に対するニーズもあるという状況にありながら、法定通貨がデフレなどにより機能不全に陥った時、モノやサービスを交換する媒体として地域通貨が果たす役割がクローズアップされるのである。
 景気が良いか悪いかは(通貨発行量)×(速度)の動向に左右されるが、不況でお金が循環しない金詰まりの状態になると、政府が通貨発行量を増やそうとしても効果は上がらない(無理に発行すると悪質なインフレを招く)。こうしたデフレ経済下において出現した地域通貨だったが、第二次世界大戦への流れの中で政府に禁止されるなどして消えていった。戦争という国家総動員による膨大な需要創出の前に、地域通貨は飲み込まれていったと見ることもできよう。
 第二次世界大戦後、しばらく下火になっていた地域通貨が脚光を浴びるようになったのは1980年代からである。1983年にカナダのバンクーバー島で「レッツ」という地域通貨が始まった。当時は失業率10%台後半という不況下で、地域通貨は、能力がありながら仕事につけない住民どうしのサービスの交換を促進し、地域活性化に貢献した。こうした地域通貨への取り組みは、アメリカ・ニューヨーク州のイサカアワーズやスイスのヴィアなど世界各地に広がっていった。
 日本国内で地域通貨が広がったのは、1990年代後半に入ってからである。地域通貨への取り組みの代表事例としては、北海道栗山町のクリン、千葉市のピーナッツ、神奈川県大和市のラブズ、滋賀のおうみなどが挙げられる。バブル崩壊で日本も深刻な不況に陥り、当初は政府部門が財政出動して公共事業による景気対策を講じていたが、国も地方も巨額の借金を抱え、これ以上借金を重ねて公共事業を続けることが難しくなった。また、モノから心の豊かさが求められる時代になり、コミュニティの再生が地域の大きな課題となっている。一方、公のことは何でも行政にやってもらうという姿勢では、税収が伸び悩む中で財政がもたない。今、「公」の担い手としてNPOなどによる地域協働が注目されている。こうした時代背景の中で地域通貨に人々の高い関心が寄せられているのである。

3.地域通貨による社会的効用の増大
 地域通貨には、「円」では実現できない効用をもたらすことが期待されている。以下、5つの効用について整理してみたい。
 (1) 人的資源の有効活用
 地域通貨をきっかけに、人々が地域に出ていって何か活動をするようなケースである。定年退職で仕事がなくなり、家でゴロゴロしていた人が、地域通貨をきかっけに防犯パトロールに参加すれば、ここで眠っていた人的資源が生かされる。円を対価とした労働までには至らないが、完全無報酬のボランティアでもない地域通貨のポイントを介した人的サービスの提供である。例えば、公園の草刈りをプロの業者に頼むと経費がかかるが、草刈りといえども賃金を稼ぐため短時間でノルマを達成するのは大変な作業である。しかし、公園の草刈りなどは、必ずしも機械作業によって1日で終わらせる必要はなく、むしろ近所の高齢者の方々が天気の良い日に少しずつ手作業でやったほうが好ましいと考えられる。草刈りをする地域住民がいつもいる公園は犯罪も起こりにくいだろうし、家で寝転がってテレビを見ているより外で体を動かしたほうが本人の健康にも良いだろう。草刈りをする人も完全無報酬のボランティアより、地域通貨のポイントをもらって温泉施設で汗を流すほうがやりがいもあるだろう。このように、地域通貨は、眠っていた民ゅうみん人々の能力や知識を生かした活動のきっかけとなり、付加価値を生み出す媒体となることが期待できる。
 (2) 余剰資源の有効活用
 まず、遊休施設や稼働率の低い施設の有効活用が考えられる。例えば、動物園、美術館などは、固定費の割合が高く、追加のコストをあまりかけずに利用者を受け入れることができる。そこで、ボランティア活動で入手した地域通貨で美術館へ入れるようにすると、「円」を払ってまで行かなかった人たちも地域通貨をきっかけに芸術を鑑賞するようになる。美術館のほうも、利用者が増えても大きなコスト増となることはないし、できるだけ多くの人々に作品に触れてもらい豊かな気持ちになってもらうという美術館本来の目的にも合致する。公立施設の場合には、せっかく経費をかけて運営しているのに利用者が少ないのは問題であり、地域通貨のポイントを使って利用者が増えることはむしろ好ましいことと言えよう。また、コンサート会場の空席などにも地域通貨を活用することが考えられる。自治体が助成金を出している芸術性の高いコンサートに空席があったとする。できるだけ多くの市民に来てもらって満席にしたいが、「円」ベースの料金を下げてしまうと、先に正規料金で購入した人から不満がでるだろう。そこで、開催日が近づいても空席が多い場合には地域通貨を料金の一部にあてられるようにし、さらに当日空席があれば地域通貨で入場できるようにすれば、意識の高い市民が集まってコンサートも盛況となるだろう。
 そして、円ベースの経済システムでは廃棄処分されてしまうような生産物や資源の有効活用も考えられる。例えば、値崩れを防ぐため大量に獲れすぎた魚や野菜を廃棄するケースが見受けられるが、確かに円で大量に出荷すると価格が暴落しかねない。しかし、地域通貨でコミュニティのメンバーにお裾分けする分には市場価格への影響は少ないだろうし、地元でとれた新鮮な魚や野菜を地域通貨で味わうことができる効用は大きい。このように、地域通貨によって、これまで十分生かされていなかった余剰資源の効用が発揮されることが期待できる。
 (3) 地域内循環の促進
 地元商店街で地域通貨をポイントとして活用することで、お得意さんを増やすことが考えられる。近隣都市のショッピングセンターに行かなくても、地域通貨が使える近所の商店街に行く機会が増えれば、地域内の消費循環が促進される。安くて品揃えが豊富な郊外型ショッピングセンターが増加し、中心市街地の商店街が寂れる傾向も見受けられるが、車で遠くのショッピングセンターまで買い物に行けない高齢者にとって、顔見知りで自分の好みも良くわかってくれている商店主の存在は頼りになる。
 また、地域通貨は、地元でとれた産物を地元で消費する「地産地消」の促進にもつながる。効率優先の大量生産、大量輸送、大量消費は、必ずしも環境にやさしくない。外国産の安い農産物については、農薬を多く使用したり、輸送のためにCO2を排出したり、見かけのGDPは増えるかもしれない。しかし、持続可能な社会の構築を目指し、環境への影響も考慮したグリーンGDPという考え方にたてば、地産池消のほうが遙かに効用は高いと言えよう。
 (4) 消費や経済活動の誘発
 地域通貨の使途は限られていることから、地域通貨によるモノやサービスの交換が活発化することに伴って、「円」による消費や経済活動を誘発する効果も期待できる。地域通貨をきっかけに出歩く機会が増えれば、新しい靴も買うだろうし、地域通貨で入れる温泉施設に行くためにバスの乗客が増えるといったこともあるだろう。商店街などで、支払いの一部に地域通貨を利用できるようにすれば、減価する地域通貨を早く使うため、円による消費循環も促進されることが期待できる。
 (5) コミュニティ意識の涵養
 日本では都市化が進み、これまで地域コミュニティの果たしてきた機能が弱くなっている。昔なら「結」や「講」による助け合いも存在していたが、顔見知りばかりの地域社会という前提はもはや成り立たなくなっている。そこで、地域通貨が、人と人との人間的なつながりを取り戻す仲立ちの役割を果たすことが期待される。例えば、防犯パトロールで地域を回っていると、子供達と挨拶をかわすようになる。これがコミュニティ意識を高め、犯罪の起こりにくい街づくりにもつながる。こうしてソーシャルキャピタルともいわれる信頼関係のしっかりとした地域社会を構築することにより、将来にわたって様々な社会的コストも低減されると考えられる。
 このように、地域通貨によって、円では実現が難しい社会的効用を増加させることが期待できるのである。

4.地方自治体の関与とICTの活用
 全国的に地域通貨への取り組みが広がっているが、必ずしもうまくいっているケースが多いとは言い難い状況もある。そこで、総務省の地域通貨モデルでは、ICT(インフォメーション&コミュニケーションテクノロジー:情報通信技術)を活用して地方自治体が発行主体になることが想定されている。実際の運営はNPO法人等に委託することも可能であるが、地域通貨の普及における現状の課題も踏まえながら、地方自治体に期待される役割やICT活用の意義について考えてみたい。
 (1) 地域通貨の認知度と信頼性の確保
 まず、地域通貨普及の課題として、認知度と信頼性の問題が挙げられる。相手が地域通貨のことを知っていて信頼してくれないと地域通貨を受け取ってもらえないし、地域通貨がうまく循環しない。この点については、自治体が関与することで、地域通貨に対する一定の信頼と安心感を獲得することが期待できる。そして、住基カード、公的個人認証サービスの活用など基本的な運営基盤のサポートをはじめ、自治体が参加主体間の連携促進や対外的なPRに果たすべき役割も大きいだろう。
 (2) 地域通貨の集中と滞留の防止
 次に、地域通貨の集中と滞留の問題が挙げられる。地域通貨が溜まるばかりで、使い道がないと地域通貨長者が出現してしまう。これについては、誰にでも使える地域通貨の使途を確保することが重要である。しっかりとした地域通貨の最終的な使い道を確保することは、地域通貨に価値の源泉を付与し、地域通貨の信頼性の向上にも資すると考えられる。また、地域通貨の集中と滞留を防止するため、保有残高にマイナス金利をかけ、減価することによって早く使ってもらうことも考えられる。この点、地方自治体に期待される役割として、地域通貨の最終的な使い道の確保も大きなポイントである。具体的には、美術館、駐車場などの公共施設における地域通貨の受け入れが想定される。
 また、地域通貨の発行者としての自治体の役割も大きい。地域通貨発行の場面では、各種行政施策との連携を図ることが重要であり、例えば行政として推進したい公益的な活動に対して地域通貨を付与することが考えられる。また、敬老祝い金などの金銭給付を地域通貨に置き換えることによって、財政負担の軽減につなげることも考えられる。「円」で高齢者に祝い金を渡しても、都会にいるお孫さんのお年玉に化けてしまっては、せっかくの予算による地域経済活性化の効果も失われてしまうが、地域通貨として地域内で使われれば域内経済循環の促進や地域活性化の効果が期待できる。また、ボランティア活動やイベントに対する行政からの補助金についても、単に事業費の一定割合を助成するといった交付方法ではなく、ベルマークのように集めた地域通貨のポイントに応じて補助金を交付するといった手法も考えられる。助成金額を役所が判断するのではなく、地域通貨のポイント寄付を集めるなど、どれだけ地域住民に支持される活動を行っているかによってNPO等に対する助成額を決めるほうが、より住民意思が反映されて好ましいと考えられる。このように、地域通貨の発行から最終的な回収まで、地方自治体の果たすべき役割は大きい。
 (3) 地域通貨のオペレーション
 さらに、地域通貨のオペレーションの問題も挙げられる。この問題に対しては、ICTの活用によって解決への道が開けると考えられる。地域通貨の利用範囲が広がってくると、偽物をつくられる恐れもあり、発行コストの問題も無視できない。地域通貨が紙幣・コイン方式の場合は、かさばるし、偽造の恐れも高い。また、通帳方式だと取引履歴なども確認できるが、書き込みに手間がかかり、残高改ざんなどの恐れもある。そして、偽造や散逸の恐れがない口座方式については、ICTの活用によってスムーズな導入が可能になる。ICT活用のメリットとしては、多数の参加者が、瞬時に、遠隔地からでも取引可能であり、偽造などセキュリティ上の課題にも対応できることが挙げられる。
 (4) 法律上の問題等
 このほか、紙幣類似証券取締法、前払式証票規制法、出資法など法律上の問題や税金の問題があるので、実際の地域通貨の運用にあたっては、十分注意する必要がある。
 まず、紙幣類似証券取締法により、どこでも誰でも何にでも使える紙幣に類似した証券を発行することは、禁止されている。あらかじめ厳格に本人確認を行った参加者がコミュニティ内で限定的に使える地域通貨を電子的なポイントとして運用する総務省の地域通貨モデルは、この点に配慮したものである。
 また、前払式証票規制法により、金額、物品・役務の数量等が記載・記録され、対価を得て発行される証票等(使用期限が6ヶ月以内のものを除く)については、未使用残高が1千万円を超える時はその2分の1以上を発行保証金として供託しなければならないとされているが、地方自治体が地域通貨を発行する場合は、信用リスクが存在しないという観点から法律の適用除外とされている。
 また、防犯パトロールや子育て支援などボランティア活動へのお礼のしるしや商店街の割引ポイントの領域を超えて、地域通貨の入手が「円」による所得と同じ効果を持つと見なされると課税問題につながるので、地域コミュニティにおける助け合いに必要な範囲を超える部分については、地域通貨に減価をかけて財産的な価値を持たせないような工夫も必要だろう(地域通貨に対する減価は、一種の保有税的な効果を有するとも考えられる)。その点「円」と地域通貨の兌換を認めることは、「預かり金」を規制する出資法に抵触する恐れがあるほか、課税問題に直結するので、慎重な対応が求められる。

5.地域通貨における「減価」の活用
 減価とは、時間がたつと価値が減っていくことである。地域通貨では、マイナス金利ともいうべき減価をかけるケースが少なくない。これは法定通貨とは異なった地域通貨の本質に迫る話なので、少し解説しておきたい。
 お金には次の3つの機能があると言われている。1つ目が、ものさし、つまり評価する機能である。そして2つ目が、交換する機能である。さらに3つ目が、貯めて増やす機能である。法定通貨の「円」を銀行に預ければ利子がついて増える。
 モノであれば、時間がたてば古くなるし、貯蔵が効くものでも保管コストがかかる。一方、お金だけはインフレにならなければ時間がたっても価値が減ることはなく、モノを売る側に対して、買い手側は急いで買わなくても良いという交渉上極めて有利な立場に立つことができる。そこで、お金を貸すこと、つまり今お金を使う権利に対して利子という対価が発生することになる。お金が利子を生むということが、持てるものが益々富裕化し、持たざるものがなかなか貧困から脱却できない経済構造を生み出している面がある。
 地域通貨では、一般的にこのうち3つ目の貯めて増やす機能を持たせないことが特徴である。地域通貨は、コミュニティ内における助け合いを可視化したものであり、マーケットにおける法定通貨のように利子をつけるのには馴染まない。このマイナス金利をかける減価の実施は、紙幣やコイン方式では難しいが、ICTを使えば簡単に実現できる。
 次に減価のメリットに触れておこう。減価によって早く使わなければ目減りしてしまうので、地域通貨の滞留を防ぎ、地域通貨の流通を促進することが期待できる。また、発行主体が減価のルールを設定することにより、地域通貨の流通量をコントロールすることも可能である。地域通貨の減価は、発行主体による地域通貨回収の有力な手段であり、運営事務局で働くボランティアなどに回収した地域通貨を付与するなど、地域通貨システムを維持していくために役立てることも考えられる。
 また、たくさん地域通貨を持っている人ほど大きく減価をかける累進的減価方式によって、地域通貨利用者の裾野を広げる効果も期待できる。例えば、年末に10万ポイントを超える分は、半分に減価させるという仕組みをとれば、どうせ10万ポイントを超えて地域通貨を持っていても減らされるだけなら、いつも地域通貨で駅まで送り迎えをしてもらっている隣のおばあちゃんにプレゼントしよう、あるいは自分が支持するNPOに寄付しようといった動きを促進できる。
 お金をたくさん持っている人がますます富むことになる円やドルなど法定通貨の世界に対して、コミュニティのメンバー間における助け合いを後押しするのが地域通貨なのである。

6.民間事業者も含めた地域通貨の流通促進策
 総務省の地域通貨モデルの基本形は、地方自治体が住民が行う公益的活動に対して地域通貨を振り出し、公共施設の利用など追加コストのかからない使い道を用意して地域通貨を回収するというものである。こうした地域通貨が、民間の事業者や商店も含め、地域内でグルグル循環するようになれば、地域活性化の効果もより大きくなると考えられる。そこで、民間事業者をどう巻き込んでいくか、どうしたら民間事業者の積極的な参加が得られるかについて考えてみたい。
 まず、民間にとってのメリットとして、地域通貨受け入れによる集客増が考えられる。特に映画館、温泉施設、ケーブルカー、スキー場のリフトなど固定費の割合が高く、お客さんが増えても追加コストがあまりかからない業種が地域通貨の受け入れになじむ。また、家族経営の理髪店のように、お客が来ないと人手が余り手持ちぶさたになるような業種も地域通貨になじむ分野である。
 一方で、仕入れを円で行っている物販については、地域通貨による割引効果を上回る集客増がないと受け入れは難しい面がある。もっとも、野菜や手作りの工芸品など地域通貨で仕入れが可能な地元産品なら、物販でも地域通貨になじむと考えられる。
 また、お客さんの単純な増加だけでなく、地元商店街としては、地域通貨を受け入れることにより、リピーター、末永いお得意さん、長期的な顧客を確保できるというメリットもある。単にモノを売るだけでなく、客の好みを良く知ってサービスに付加価値をつければ、際限のない価格競争とは違った事業展開も見えてくる。
 このほか、事業系ゴミ処理料などに地域通貨を充てられるようにするとか、商店街のイベント助成金を地域通貨の残高に応じて配分するといった使い道を用意すれば、民間事業者の地域通貨受け入れのインセンティブが高まると考えられる。

7.地域通貨モデルシステムの検討体制
 総務省は、政府全体で取り組んでいる地域再生支援の一環として、地方自治体が発行するICTを活用した地域通貨モデルシステムの開発実証に取り組んでいる。昨年2月に政府の地域再生本部で決定された「地域再生推進のためのプログラム」の中の支援メニューとして、地域通貨モデルシステムの導入支援が盛り込まれ、地域再生計画の総理大臣認定を受けた地域に対して財政支援措置が講じられており、千葉県市川市、北九州市、熊本県小国町で実証開発した地域通貨システムは、17年度以降、希望する自治体に無償で配布することとしている。
 地域通貨モデルシステム開発実証事業の検討体制としては、千葉商科大学の加藤学長を座長とする「地域通貨モデルシステム検討委員会」が設置され、市川市はボランティア活動、北九州市は環境、熊本県小国町は都市との交流をテーマにそれぞれ検討委員会を設置してモデル事業を推進している。また、総務省の関連団体である地域活性化センター、地方自治情報センターもバックアップする体制を組んでいる。

8.地域通貨システムに関連する技術的基盤
 ICTを活用した地域通貨モデルシステムにおいて、地域通貨のポイントは、自治体のセンターサーバの口座で管理される。オンラインの口座取引の際の本人確認には公的個人認証サービス、携帯電話が活用される。また、住基カードのICチップにもポイントを搭載し、オフライン端末でポイントのやりとりができるほか、銀行のATMのように口座から地域通貨のポイントを引き出したり、預け入れたりすることもできる。
 ここで口座取引の際の本人確認に使われる公的個人認証サービスについて解説しておこう。公的個人認証サービスは、都道府県知事の発行する公的な電子証明書で厳格な本人確認を行うものである。昨年の1月からサービスが開始され、電子証明書は3年間有効で発行手数料は500円である。従来のIDパスワード方式は、それぞれ鉄道会社、航空会社、レンタカー会社など別々の番号がつけられ、数多く覚えるのも面倒で利用者にとって不親切であり、忘れないよう書きとめた手帳を落としでもしたら大変である。最近はフィッシングなど犯罪の手口も巧妙化しており、IDパスワードでは成りすましなどセキュリティ上も危険である。その点、公的個人認証サービスを活用することによって、インターネット上における成りすましや改ざんなどの課題を克服することができる。この電子証明書や地域通貨のポイントが搭載される住民基本台帳カードは、ICチップ(小さなコンピュータ)を搭載したICカードである。現在キャッシュカードやクレジットカ−ドに使われている磁気カードでは、スキミングにより簡単にデータが盗まれてしまうことが問題となっているが、ICカードであれば高いセキュリティ水準が確保されており、安心して使用できる。住基カードについては、条例で定めることにより市町村ごとの独自利用が可能となっており、地域通貨もそうした独自利用方法の1つに位置づけられる。
 なお、携帯電話による本人確認については、個々の携帯電話にはそれぞれ独自の機体番号がつけられており、この固有の機体番号を使って本人認証を行うものである。公的個人認証サービスに比べると少しレベルは落ちるが、IDパスワードのような成りすましの危険は少ないので、簡便で確実な本人確認の手段としてシステムに取り入れている。

9.平成16年度の実証実験
 最後に、今年度モデル事業を行っている3地域の取り組みを紹介したい。いずれも平成16年12月から平成17年1月まで約2ヶ月間の実証実験を行った。これら3地域では17年度以降も地域通貨への取り組みを継続する予定である。
 (1) 千葉県市川市
  市川市の地域通貨「てこな」は、安心・安全、子育て、福祉、健康などをテーマとした地域通貨で、NPOやボランティア団体の活動支援によって地域コミュニティの再生を図るとともに、商店街振興や雇用創出など地域経済の活性化を目指すものである。2ヶ月足らずの実証実験期間中に個人参加者1,120人、団体参加20団体、公共施設参加8組織、民間商店約150店舗の参加があり、発行総量は134万「てこな」にのぼった。アンケート結果によると、「てこな」により地域活動を意識した参加者が全体の8割、地域通貨を利用し続けたいという参加者も全体の8割にのぼった。特に、安心・安全の分野では、実験期間中に4自治会で30回の防犯パトロールが行われたほか、街角に2次元バーコードを印刷した防犯パトロールポスターを掲示し、参加者が買い物や散歩の際に気がついた安心安全に関する情報を携帯電話で手軽に送信できる「地域安心・安全情報ネットワーク」と連動した取り組みが注目される。また、地域通貨の使途としては、動植物園、科学館、公民館、文化会館、駐車場などの公共施設で利用できるほか、実証実験期間中は民間ショッピングモール約150店舗の全面協力が得られた点も大きな特徴である。
 (2) 福岡県北九州市
 北九州市の地域通貨「環境パスポート」は、環境に貢献する行動を市民全体に広げるため、環境に貢献することがメリットになる仕組みづくりを目指している。地域通貨の運営は、北九州市民環境パスポートセンターに委託され、八幡東田地区を中心に1,127人の参加者を得て実証実験が行われた。資源回収、マイバック、町内清掃など環境に貢献する活動に対してポイントが入手できるプログラムが100種類以上用意され、参加者は自分に合った方法で環境活動に参加することができた。地域通貨の使途としては、博物館、駐車場などの公共施設、ケーブルカー、コミュニティバスなど交通系のほか、民間のテーマパーク、ホテル、温泉施設などの協力も得られたが、特に好評だったのが有料ゴミ袋との交換である。北九州市ではゴミ回収が有料化されているが、誰にでも利用できる使い道として、地域通貨を有料ゴミ袋と交換することができるようにしたものである。マイバッグを持って買い物をし、ゴミ減量化に協力すれば、ゴミ回収料金も節約できるという一石二鳥の取り組みとなっている。さらに事業系ごみ袋との交換もメニューに加えたことで、民間事業者の参加インセンティブを高めたと考えられる。また、参加者の環境貢献活動の履歴から、CO2削減量をグラフ化した通知表を作成して、環境意識をさらに高める試みも実施された。
 (3) 熊本県小国町
 小国町の地域通貨「小国ポイント」では、都市住民との交流がテーマとなっており、農作業、枝打ちなどグリーンツーリズムの促進を図っており、実証実験期間中のポイント対象イベントへの参加者は310人にのぼった。参加者は、枝打ち、下草刈り、野菜の出荷作業、乳牛の世話、炭焼き、遊歩道整備などの作業体験により、1日1,000ポイントを目安に地域通貨を入手できる。地域通貨の使い道としては、温泉施設、宿泊施設で利用できるほか、縁故米や手作り味噌などの特産品も購入でき、小国ジャージー牛の乳製品などは、町内の物産館だけでなく、福岡市内のアンテナショップでもポイントと交換できるようにした。遠隔地でもポイントのやりとりができ、小国町ファンとも言うべき参加者をデータベース化して様々な情報を効率的に発信できるなどICT活用のメリットを生かした取り組みとなっている。

10.今後の展開
 平成17年2月に政府の地域再生支援本部で決定された「地域再生推進のためのプログラム2005」においては「地域通貨モデルシステムを利用して、地域再生に資する取組を行う地方公共団体に対して、平成16年度に開発した地域通貨モデルシステムの無償配布等の支援を行う。支援の対象となる地方公共団体の選定については、地域再生計画に同取組を位置づけて認定を受けた地方公共団体等の中から決定する」とされている。
 総務省では平成17年度も、5団体程度において地域通貨モデルシステムの実証実験を行うとともに、希望する自治体に地域通貨システムの無償配布を行うこととしている。このような地域通貨の取り組みが広がり、地域の活性化につながるよう、総務省としても、意欲のある自治体を今後とも支援していきたいと考えている。

(牧 慎太郎)