【月刊「地方自治」5月号寄稿 抜粋】


ICTを活用した地方行政への住民参画の促進


(1)住民参画の意義
 ICT(情報通信技術)を活用した地方行政への住民参画の促進に取り組む背景には、電子自治体の推進と地方分権の推進という2つの大きな流れがある。電子自治体においては、24時間365日どこからでもインターネットを通じて行政サービスを受けられるようになることが目指されている。インターネットは、双方向のネットワークであり、単に住民に行政情報を提供するだけでなく、住民の意思を行政に反映させるツールとしても可能性が大きい。
 
憲法第92条に定められた地方自治の本旨は、団体自治と住民自治をいわば車の両輪として実現される。団体自治とは、地方自治体が自主性・自立性をもって、自らの判断と責任のもと地域における行政を担っていくことであり、住民自治とは、住民が自らの地域のことを考え、住民の意思に基づいて自治体の運営が行われることである。
 地方分権一括法の施行(平成12年4月)による機関委任事務制度の廃止、国の関与の見直し、権限移譲の推進、市町村合併の推進による地方分権の受け皿としての地方公共団体の行財政基盤の強化、いわゆる三位一体の改革による税源移譲や補助金縮小など、地方公共団体の自主性・自立性を向上させ、団体自治の充実を図る動きは着実に進められている。
 そして今後は、地方分権の推進の受け皿となる自治体において、団体自治と併せて住民自治の充実が求められる。従来なら自治体は法令や通達に従って定められた業務を遂行していれば良かったのが、地方分権によって自治体の業務の裁量が広がり、自らが決定した業務について自らが責任を負うことが求められる時代となった。そして、自治体における政策の計画、立案、実行のそれぞれの過程において、これまで以上に情報公開による透明性の向上や住民に対するアカウンタビリティ(説明責任)、より幅広く的確な住民意思の反映が求められるようになったのである。
 そこで、地方公共団体における住民自治の充実に向けて注目されているのが、インターネットをはじめとするICTを活用した住民参画であり、政府のe−Japan重点計画においてもその促進を図るべきことが位置づけられている。そして、これからの時代は行政の役割を補うためNPOなどによる公益的活動の役割が拡大すると考えられる。過去のような税収の伸びが期待できない中、何でも行政依存では自治体の財政がもたなくなる。そうした官主導でない地域協働を進めるための情報共有や意見交換の場、コミュニティのつながりを深めるツールとしてもICTの活用は有効と考えられる。おまかせ民主主義や要求型民主主義から、参加型民主主義への脱皮を目指すべき時代が訪れているのである。

(2)施策の概要
 インターネットの普及に伴い、ホームページや電子会議室などを活用することにより、情報の入手や情報の発信が便利な時代になった。これまで時間的、地理的、身体的制約などから行政情報の入手や意見反映が難しかった人々も含め、行政への住民参画の促進が期待されている。今や国民の3人に2人がインターネットを利用するようになり、忙しかったサラリーマン、役所から遠いところに住む人々、車椅子を使う障害者なども、ICTの活用によって様々な行政情報を入手し、自らの意見を表明する機会が広がっている。また、行政として民意を把握する際にも、わざわざ投票所に足を運ぶ住民投票や郵送によるアンケート調査に比べて、インターネットを活用した電子アンケート投票は格段に安いコストで機動的な運用が可能である。
 一方でICTの活用にあたっては、デジタルディバイドの問題も指摘される。デジタルディバイドとは、家にパソコンのない人、パソコンを使えないお年寄り、目の不自由な方などがICTの活用から排除されるという問題である。この点に関しては、公共施設におけるブロードバンドやパソコン端末の整備、IT講習会の開催、音声対話システムなどバリアフリー技術の開発などデジタルディバイド解消に向けた取り組みも求められる。また、後述するように自治体サイドに運営ノウハウが不足していると、情報システムは整備されても、実際には利用されなかったり、トラブルが起きたりする懸念もある。
 そこで、総務省では、地方行政への広範な住民参画を促進するため、住民に対する情報提供、住民の意見表明の場面におけるICTの活用方策や建設的な民意形成に向けたルールづくり等について、まず十分な議論を深めるとともに、バリアフリーの視点も含め、ICTの活用により、行政情報の入手を容易にし、住民の意思を施策により的確に反映できるような住民参画のモデルシステムの構築に取り組むものである。
 システム構築とあわせて行われる検討では、電子会議室の運営ルールの指針策定、行政担当者の対応ルールの確立、そして議会をはじめとする既存の民意反映のチャネルとの補完関係の整理に向けた議論を行っていくことになる。また、個人情報保護、成りすましや改ざんの防止といった情報セキュリティのシステム的な担保にも十分配慮していきたいと考えている。

(3)ICTを活用した住民参画の課題
 @ 積極的な住民の参加
 全国数多くの自治体で、電子市民会議室が設置されているが、活発に建設的な議論が行われているところは、数えるほどにすぎない。うまくいかないタイプは大きく2つに分けられる。一つは閑古鳥が鳴いている電子会議室である。参加者が少なく、議論が盛り上がらない。行政のことは行政に任せておけば良いというおまかせ民主主義タイプとも言える。もう一つのタイプは攻撃的、無責任な書き込みや行政に対するクレームなどで荒らされる電子会議室で、休止や閉鎖に追い込まれたところもある。いわゆる要求型民主主義タイプである。住民は自治体にとって単なるお客様ではなく、積極的な経営参画メンバーであるべきという視点に立って、いかに参加型のシステムを構築していくが大きな課題である。
 A 行政と住民のコーディネート
 ICTは情報交換にとって便利なツールではあるが、自治体が準備不足のまま、いきなりサイバー空間で直接住民と向き合ってもうまくいかない面がある。お互いに顔が見える住民説明会においても、行政と住民がスムーズに話し合いを進めるのはそう簡単なことではない。まして、ネット上で自治体職員と住民の距離感がつかめるようになるには、それなりの熟成期間も必要と思われる。また、電子会議室における議論を円滑に進めるためには、行政サイドと住民サイドのいずれでもない第三者的な立場のコーディネーター的存在が必要となるし、NPOなど中間支援組織が果たす役割も大きいと考えられる。
 B 秩序ある運営ルールづくり
 市民電子会議室で取り上げるテーマについては、主義主張の対立で収集がつかなくなる恐れのある高次元のテーマより、市民生活に密着したテーマのほうが議論を集約化しやすいと考えられる。また、実名か匿名か、発言回数の制限をするか、ファシリテータ(電子会議室の進行役)にどのような役割を期待し、どこまでの権限を与えるべきかといった運営ルールの設定も重要な課題である。発言に際して実名を名乗ってもらうことは、匿名による無責任な発言を防止する効果がある。ニックネームを認めるとしても、事前登録により少なくともシステム管理者は本人を把握しておく必要があるだろう。また、自分の意向に反する発言があるたびに反論を書き込む参加者がいると、忙しい人などは付き合いきれずに引いてしまうので、熟慮した発言を促すためにも1日あたりの投稿回数を制限することも考えられる。そして、閲覧だけならIDパスワードでも良いかもしれないが、重要な書き込みや電子アンケート投票といった場面になると、厳格な本人確認のために公的個人認証サービスの活用が求められる。
 C 顔の見えるコミュニティの形成
 住民参画システムにおいては、役所が設定する行政課題を議論する電子会議室だけでなく、住民が地域における課題を見いだし、自分達で解決に向けて議論するコミュニティごとの電子会議室があると、住民の参加意識も高まるだろう。公のことは何でも行政が責任を持って対処すべきと言っているだけでは、結果的に行政の肥大化を招き、スリムで効率的な行政は実現しない。住民一人ひとりでは解決できない問題でも、多くの住民が智恵を出し、それぞれができる範囲で力を合わせれば、解決できる地域課題は少なくない。税金で学校に警備員を雇うか、地域住民が防犯パトロールをするか。公園の草刈りを税金で業者に委託するか、地域住民がボランティアで協力するか。コミュニティ会議室のメンバーは、町内会のような地域単位で構成されることもあれば、祭り、環境保護など関心のあるテーマごとに参加者の紹介によってコミュニティの輪を広げるSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)のような会議室があってもよいだろう。コミュニティ会議室においては、相互の信頼関係が基本になるので、希望に応じて簡単なプロフィールが紹介できるコーナーを設置したり、個人のホームページやブログにリンクしたりできる機能を持たせるなどコミュニティのつながりが深まるような工夫も考えられる。そして何よりネット上の議論だけでなく、実際に顔を合わせて話をする場(オフ会、懇親会)との組み合わせにより、参加者どうしの信頼感を高めることが重要だろう。むしろ、コミュニティ電子会議室は、実際に良く知っているメンバーどうしが、時間的・場所的な制約を受けずに語り合う場として捉えた方が適切かもしれない。
 D 行政の対応ルールの確立
  住民から電子メールで寄せられた質問や意見にどう対応するか、議論の場としての電子会議室をどのように位置づけるか、アンケート投票の結果をどう施策に反映するかといった行政としての対応ルールをきちん確立しておくことも重要である。せっかく電子会議室において建設的な議論が行われても、行政における電子市民会議室の位置づけが不明確で、合意形成された民意の活用ルールが確立していないと、かえって市民の不信を招きかねない。この点については、情報担当課だけでなく、自治体のトップ以下全庁的なコンセンサスのもと、しっかりとした対応が求められる。
 E 既存の民意反映のチャンネルとの関係
 地方議会、各種審議会等への委員参加、市長などが出席する住民懇談会、パブリックコメント、市政モニターなど、インターネットが普及する前から民意反映のチャンネルは数多く存在していた。パブリックコメントや市政モニターなどは、ICTを活用することによってより幅広く効率的な運用を行うことが可能であり、実際に集まる会議や説明会などに比べて参加人数や発言時間の制約が少ないというICT活用のメリットも十分生かして、民意の反映を図ることが求められる。一方でデジタルディバイドの問題もあるので、住民説明会の場やハガキ、FAX等による意見表明の道も残しておく配慮が必要だろう。
 F 地方議会との関係
 ICTを活用した住民参画を推進する際には、4年に1回の選挙で選ばれた議員で構成される地方議会との関係には、十分留意する必要がある。例えば、12月議会で議員から質問された公園整備の予定について、その後検討を重ねて着手の方針が1月に決定したが、2月議会前に電子市民会議室であった質問に対して、答えてしまって良いものかどうか。執行部の積極的な答弁を引き出すことが議員の期待だったとしても、決定した方針はいち早く市民に知らせるべきという考え方もある。議員が電子会議室のオピニオンリーダーとして参画するようになればまた違った展開も考えられるが、現状では自治体職員としても悩ましい問題である。役所内部で決定した内容を有力議員に根回しし、議員の質問に対する答弁で初めて世の中に明らかにするといった手法は、行政の情報公開、透明性の向上、説明責任の徹底が求められる時代において見直しを迫られているのかもしれない。また、民意反映の場面では、インターネット投票の結果をどのように施策に反映させるべきか、議会がその結果を尊重すべきと言えるのかどうかも大きな課題である。市民からの意見、アンケートとして執務の参考にする程度の位置づけであれば、問題は少ないかもしれないが、熱心な議論を経て形成された民意を単に聞き置くだけということでは、住民参画の意義を問われかねない。
 このようにICTを活用した住民参画の促進にあたっては、住民自治を充実していくため、間接民主主義中心の現状に直接民主主義的要素をどこまで盛り込んでいくのかという大きな課題を十分に議論しておく必要がある。まだまだデジタルディバイドがある現状においては、ICTを活用した住民参画は、あくまでも補完的手段として位置づけることが適当と考えられるが、参加型民主主義をより強く広めていくためにICT活用の意義は大きい。

(4)海外の動向等
 アメリカのミネソタ州の電子市民会議室では、発言の際に本名を明かすこと、投稿回数は1日2回までといった独自のルールを作り、議論のテーマの多くは市民生活に密着したものとしている。この発言ルールの設定などは、参考になると思われる。
 スウェーデンのストックホルム市シスタ小市議会地区では、電子市民会議室において市民と議員が意見交換し、ネット上の諮問委員会では必要に応じて電子投票による意志決定を行い、小市議会に提言を行っている。議会の議員を巻き込んだ電子会議室の運用が注目される。
 韓国の江南区では、インターネットを通じてe−mail会員が区政に参加するサーバ行政参加システムを構築しており、電子市民会議室においては、実名で市民と行政担当者が意見交換し、議論は公開されるほか、電子住民アンケートや電子住民投票で聴取した住民の声を施策の立案や予算の優先順位決定などに反映させている。インターネットを通じた電子住民投票の結果をストレートに行政施策に反映させている点は、かなり先進的な取り組みと言える。
 国内においても、神奈川県藤沢市のように比較的うまくいっている事例もあるが、こうした先進自治体における事例なども参考にしながら、地域課題の解決に向けて、安心して参加できるルールづくりやシステムの構築が求められている。

(5)住民参画システムの構成
 住民参画システムの構築にあたっては、まず住民がシステムにアクセスする端末が問題となる。ユーザーインターフェイスとしては、パソコンのほか、携帯電話、双方向のCATVや地上デジタルテレビが想定される。また、パソコンを端末とする場合であっても、バリアフリー技術を活用して誰にでも使いやすいものとすることが求められる。
 住民参画システムの基本的な構成としては、大きく情報提供、民意形成、アンケート投票という3つの場面が想定される。
 情報提供の場面では、ホームページによる情報提供やメール配信が想定されるが、よりビジュアルに地図上に情報を登録するGIS機能なども取り入れ、検索可能なわかりやすいシステムを構築することが望まれる。
 民意形成の場面では、パブリックコメントなどにおいて電子メールを活用することも考えられるが、電子市民会議室がメインとして想定される。電子会議室における運営ルールについては、できるだけシステム的に担保されることが求められる。まず、参加者が行政課題、コミュニティなど参加会議室によって実名あるいはニックネームで参加でき、発言回数制限のような機能を盛り込むことが考えられる。また、不適切な用語を含む書き込みについては自動的に掲載が留保されるような機能もあれば便利だろう。そして、ファシリテータの役割がしっかり果たせるよう適切な運営マニュアルを作成するとともに、できるだけシステム管理者に運営負担がかからないよう管理者支援機能の充実も求められる。
 そして、住民の意向把握のための電子アンケート投票については、単に1回の投票で決着するというパターンだけでなく、ケースに応じた多様なルール設定が可能なシステムが考えられる。前提条件の置き方によって人々の賛否は変わってくると考えられるが、実際の住民投票と違ってコスト的にもインターネット投票なら何段階かに分けて投票を実施することも難しくない。例えば、1回目投票の上位2つで決戦投票したり、オリンピックの候補地決定のように、何度も投票を重ねたり、まずはオピニオンリーダー的なメンバーの投票を行い、その結果を参考に本投票を行ったりすることが考えられる。いずれにせよ、十分な議論を重ねた上で、的確に民意を集約化できるような工夫、参加者が決定内容に納得がいくような手続きを積み上げていくことが求められる。このほか投票結果のデータ取扱いについては、選挙のように投票の秘密を守るべきケースもあれば、逆にアンケート調査として性別、年齢の別などの集計・分析ができることが要求されるケースもあるだろう。
 また、システム構築にあたっては、情報セキュリティにも十分配慮するとともに、参加者の登録やアンケート投票にあたっては、厳格な本人確認が求められることから、公的個人認証サービスの導入が必要である。そして、システムはできる限りモジュール化し、将来的に様々な機能が付加できるよう拡張性をもたせることが望ましい。

(6)今後の展開
 総務省では、このほど「ICTを活用した地方行政への住民参画のあり方に関する研究会」を設置し、そのもとに「理論」と「システム」を担当する2つのワーキンググループを設置したところである。平成17年度予算において、住民参画モデルシステムを開発し、大都市圏と地方圏の複数自治体において実証実験を行い、運用マニュアルを作成するとともに、来年度以降はバリアフリー技術の活用など、より広範な住民参画の実現に向けた取り組みを推進したいと考えている。(牧 慎太郎